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好きなものはなんですか?

好きな服はなんですか? 

好きな曲は?

好きな食べ物は何?

という質問は、まあ言わずもがな、サカナクションの「アイデンティティ」の歌詞である。

いきなり歌詞を引用して、いきなりどうしたのかと思われたかもしれない。

だがこの問いが、今の私にとってかなりの難題なのだ。


上述の歌詞は「そんな物差しを持ち合わせてる僕は凡人だ」と続く。

この問いを発しているのは「僕」であり、それで「隣の人と自分を見比べる」ことを「真っ当」だと「思い込んで生きてた」「僕」は、「どうして」と叫ぶ。

そして歌詞は「アンデンティティがない」というフレーズに続く。


私が上述の問いに困っているのは、これを頻繁に聞かれるからだ。

「好きな〇〇について語りましょう」。

最近は「推し活」という言葉も大変な賑わいを見せており、好きなものは当然あって、それを当然語りたいとして会話が進行する。

ネガティブなことについて語るより、ポジティブなことを語りたいよね。

その気持ちも十分わかるが、そう簡単に「好きな〇〇」を訊ねないでほしい。

いざ訊かれるとなんだろう? と、日常会話にはふさわしくない逡巡をしてしまう、私のような人もいるのだから。


そう、日常会話!

こいつが課題であることは以前より明白ではあったが、改めて自分の弱点として改善を試みた結果、その難しさに卒倒しそうになる。

日常会話で大事なのはテンポ感だ。

逡巡も時には必要だし、それを認めてくれるコミュニティもあるだろう。

だが、初対面やあまり親しくない間柄で交わされる何気ない雑談は、空気のようにさらりと流れてしまうことが何より望ましい。


いや、好きなものとか訊ねないでしょ? という疑問もあろう。

そんな親しくない人となんか、天気の話しとけばいいでしょ?

それも正しい。

これは私が、好きなものを訊ねることを前提としていない。

前提としては、私が訊かれた場合のことだ。

自分の発する質問はコントロールできる。答える内容も。

しかし、そもそも質問される内容は、アンコントローラブルだ。


だから、この話題は鉄板だろう、これは天気の話題よりちょっとウィットに富んでいるかな、みたいなテンションで「好きな〇〇」を訊ねられると、私はたちどころに困ってしまう。

好きな食べ物。好きな季節。好きな場所。

「好きな場所」なら、まだいい。

「考えたこともなかったです」が、まだ通じなくもないから。

それを言って、「えー、どこだろう」とか言って、間を埋めればいい。

問題は、「好きな食べ物」だ。

こんなもの「考えたこと」ないが、通じるわけがない。


しかし、こんな質問にも、私は詰まってしまう。

あの食べ物が好きな気がする。

けれど、あれは本当に好きなんだっけ?

そんなことを考えてしまうのだ。

ああ、好きなものを好きと言えない幼少時代よ!


私のようなタイプはきっと「好きな〇〇」のストックを作っておくべきなのだ。

ちょっとした理由もセットで。

そして、質問されたときに、それを道具箱から取り出して、提出する。

そんなふうにして、ちょっと冒険を試みられてしまった日常会話を乗り越えるのだ。

あとは、「あなたはどうですか?」みたいに聞き返して、一通り喋って貰えばいい。

その手順が通じないと、地獄を見るけれど。


好きなものはなんですか?

ぜひ、この機会に私に訊ねてみてほしいものだ。

そうすれば、私はその質問を、構える質問リストとしてストックできる。

考えた答えを、道具箱にしまっておくことができる。

好きなものはなんですか?

用意をする私と、不意に飛び出る質問の、これは、イタチごっこだ。


12/2(土)〜12/3(日)に、南阿佐ヶ谷で芝居をします。
私は、脚本と、制作を担当しております。
もしお時間許すようでしたらば、足をお運びいただけると嬉しいです。
(※ご興味ある方、私までご連絡ください)


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