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戦争がどれだけ人生を左右するのか?【ミュージカル「ミス・サイゴン」】

ミュージカル「ミス・サイゴン」を観劇した。

2年前に全公演中止になってしまった本作、ついに観ることができた!
嬉しい。本当に嬉しいのだけれど、
初見だったのでストーリーの悲惨さには言葉も失った。
正直、大好きなレ・ミゼラブルよりも言葉を失ってしまった。
今、この、生々しい感想をつらつらと残していきたい。


「帝国劇場」という看板と作品のポスターを見ると
あ〜、きたな〜!と興奮する。



戦争に翻弄された人間たち

詳しいあらすじや登場人物は割愛します。
そして特にキムとクリスについて言及します。

この作品に登場する人物すべてが、ベトナム戦争に翻弄された人生を送っていた。
そもそもベトナム戦争の時代背景を知らないと、なかなか理解できない内容もあるけど、戦争で家も家族も失ったキム(屋比久知奈さん:観劇時)と、アメリカ兵としてベトナムに来ていた(北ベトナム側に参加していた)クリス(チョ・サンウンさん)がベトナムの都市サイゴンで出会い恋に落ちたところから始まる。
まずこの二人の出会いは戦争がなかったら出会わなかったんだと思う。

そしてサイゴン陥落でアメリカに帰国するクリスと、ベトナムに取り残されたキム。
クリスはキムをアメリカに連れていく約束をしたが叶わなかった。
ここ、2幕の回想シーンで表現されるけど何とも言えない、虚しさ。
混乱の中二人が会えることはなく、終戦が強制的に二人を引き離した、という感じ。

その後PTSDに悩まされながら、エレンと結婚して新しい人生を歩みだすクリス、
クリスとの子供(タム)を産んでクリスの迎えを待つキム。
切ない。切なすぎる。
でもこれも、戦争が生んだ人生だと思うと胸が痛い。

最終的にキムは、タムにいい人生を送らせるために自分は邪魔だと考えて自ら命を落とす。
その拳銃が、クリスから預けられた拳銃なのがまた…なんとも悲惨な…

もし、戦争が起こっていなくてクリスと出会わなかったら、キムは子供を産んで子供のために死ぬことはなかったかもしれないのに。
そう考えると、戦争の「せいで」キムの人生が狂わされたのだと胸が締め付けられる。

でももしかしたらキムは、戦争の「おかげで」クリスと出会い愛し合い、自分の命よりも大事な子供、タムに出会えたと思っているのかもしれない。
それがそのときのキムの幸せだったのかもしれない。
戦争の混乱の中で必死に生きた、紛れもないキムの生き様だった。


同時にクリスも必死だったはず。
個人的にはクリスは、レミゼラブルのマリウスと同じ感じで共感しがたいキャラクターなのだけれど(そもそも経験したことない人生なので共感もなにもないけど)
国のために戦ったのに帰国したら国民から白い目で見られて、ギャップに打ちひしがれていた中で唯一の癒し(キム)を見つけてしまった、という心情はなんとなくわかる。
でも結婚式か婚約式みたいなこと、キムとしたじゃん。
あれ覚えてなかった?それとも結婚だとは思ってなかった?
キムは結婚したと思っていたのに…
と思うと、なんでエレンと結婚しちゃったの!?!?分からない!!!
という感情になってしまうの…ごめんクリス。

しまいには、キムとの間に子供がいると知り、バンコクに二人(キムとタム)を残して、クリスとエレンがアメリカから二人を援助しよう!と決めるのはいかがなものかと!?!?
そりゃ、ジョンが「それは違うぞ!」となるのも分かる。それは違うぞ!クリス!

でもこのクリスの選択も全て、多分”リアル”なんだと思う。
演劇の物語にするならハッピーエンドにもできたはずだけど、そうしなかったのはリアルを追求したミスサイゴンだからだと思う。
そうせざるを得なかった。結婚も、援助も、そうせざるを得なかったからだ。

結果的には、タムはクリスとエレンに引き取られ、キムは死んでしまうけど。
残されたタムの気持ち、考えたことあるか??
生まれてから3年ずっとお母さん(キム)と一緒にいたんだよ。
お父さん(クリス)とは会ったことがない。
なのに、急に知らない人と知らない街に行くことになって、ずっと一緒だったお母さんはもういない。
物心ついたころのタムが、事実を知ってどう思うんだろう。
クリスとエレンならきっと、タムにいい生活させてあげられると思うよ。
いい洋服を着て、バンコクに来れるくらいの余裕がある家庭。
さらにエレンがクリスとの子供を望むくらいの資金はある。
きっとキムと一緒よりいい生活ができるんだと思う。

でも、タムの心はどうなんだろう。
何を望んでいたんだろう。
でもあの状況下の中では、子供に選択肢はない。
戦争で傷ついた子供たち、ベトナム女性とアメリカ兵の間に生まれてしまった
「地獄に生まれたごみくず」、ブイドイには、自分たちの人生を選択する余裕はない。
考えれば考えるほどやりきれない。


ちなみに一応座長という立場にいるエンジニアについて、
キャラクター設定的にもあんまり解釈を深められていないので、この辺はまた観劇の機会があったら考える。
(正直リピートしたい物語ではないけど…)


そのほかのキャラクターたちも、戦争によって選択肢をたくさん奪われてきた、いわば戦争に人生を左右された人たちばかり。
戦争がいかに惨いものか、痛いほど思い知らされる。
でもこんな悲惨な物語でも、だからこそ、語り継ぐ必要があるんだと思う。
だから戦争ものの映画が多くあるし、演劇もその一つである。

2年前に全公演中止になったミスサイゴン、今年だからそこ上演の意味があったはず。偶然か、必然か。
この令和になってまで世界から武器による戦争がなくなることがない。
「日本だから平和だ」ということではなく、全世界が考えなくてはいけない事象なのだと思う。

Twitterで、「タムが生きていたら今は44歳になっている」というツイートを見た。
戦争といえば、私の年齢からすると到底考え難い、遠い昔の話のこと、だけれど、タムは生きていたら44歳。
全然昔のことじゃないじゃん!?!?!?
確かに私は生まれていないけれど、でも、戦争を経験した人がまだ今生きている、そのことが衝撃ではあった。

戦争がなくなることはないのかもしれない。願っているけどゼロにするのは難しいかもしれない。
でも最悪の事態を防ぐことはできるはず。防げるような世界になることを願う。


※ちなみにこの作品の理解・解釈は以下のライターさんの記事が、結構あ~なるほど~となったので残しておきたい。



ただ音楽だけで、状況を表現する

これほんとすごいなと思うのが、言葉も台詞も映像も何もないのに、オーケストラの奏でる音楽だけで、
今の状況が「楽しいものか」「悲しいものか」「喜ばしいものか」「不穏なものか」察してしまうということ。
ミスサイゴンはレミゼラブルと同様、全台詞が音楽になっているけど、メロディーやバックミュージックだけで、台詞を紡ぐキャラクターの心情を表現してしまっているのが本当に圧巻。

特に、オープニングの演出は鳥肌だった。
客席照明が落とされ、真っ暗になったら不穏な音楽と同時にヘリコプターのプロペラの音。
上空にヘリコプターが飛んでいることがすぐわかる音。
舞台上の明かりがついたら街並み。
行きかう人々とぽつんと佇むキム。
キムがエンジニアと出会うが、そのあとに上空から攻撃が。
逃げ回る人々。

ここまで台詞は一切なく、音楽とお芝居のみ。
凄いほんと。
これだけで何が起こったか分かってしまう。
凄かった。

あとは、終戦3周年の記念式典?みたいなのをホーチミンでやってたシーン。
アンサンブルさんたちほんとすごいなと思うのは、ぶれない一致団結さ。
軍の行進とかたまにニュースで見たりするけど(知識としては皆無)あのすべての動きが全員一致している感じなんなんだろう!?
凄いと思う。それを舞台上で完全再現していたのでは?
どれだけ稽古を重ねてきたのだろうと考えてしまう。

そして2幕のほぼ等身大ヘリコプター。
ミスサイゴン初見だったのでヘリコプターのこと全然知らなかったんだけど、観劇当日はすごい!びっくり!大きい!という幼稚な感想しか出てこなかったんだけど、
よくよく考えたらほんとリアルな演出なんだろうなと。
ベトナムにあるアメリカ大使館の外には渡米したいベトナム人がたくさん溢れていて、帰国する米兵たちがぞろぞろとヘリコプターに乗っていく。
そして飛び立ってしまったヘリコプターを啞然と見上げ、自暴自棄になる取り残されたベトナム人たち。
この残酷な状況が、多分本当にあった史実なのかもしれない。

キムを探せなくてジョンに無理やりヘリに連れていかれるクリスの、「キーーーーーーーーム!!!!!」という叫びが響き渡るの、とっても苦しい。
わかってるさ…クリスはキムを連れていきたかったんだけど、混乱の中それが無理だったといいのはわかってるのさ…
分かっているけどさ…あのときキムが一緒に渡米していたら、キムは死なずに…と何回も同じタラレバを考えてしまうんだ…


ミスサイゴンがとても重くて悲しいストーリーなのに、たくさん愛されているのは、やっぱり音楽の力が欠かせないな~と思いました。
だからミュージカルが好きなんだと、改めて実感してしまう。


好きな楽曲2選

名曲もたくさんあるけど、
個人的に好きなのはクリスの「神よ、何故?(Why God Why?)」とキムの「命をあげるよ(I'd Give My Life for You)」です。


あの一夜にしてキムに恋をしてしまったクリスが、「なぜこの夜をくれたのか?」と神に問う曲。
この曲は私の推し、三浦くんが自身のファンクラブイベントで歌っていた曲。
いつかミスサイゴンを見れたらこの曲も聞けるのか~と思っていたので、歌い出した瞬間興奮した。
何がいいって、メロディーがいい。
歌詞は、歌詞というか台詞なので、それよりもメロディーがいい。それだけ。

でも一つ思ったのが、やっぱりストーリーや前後の文脈を知らないと、その曲の意味がわからないな、ということ。
いや、当たり前なんだけど。
三浦くんのイベントで聞いた時は、正直三浦くんと三浦くんの歌声に惚れ惚れしていて歌詞は入ってこなかった。
終わった後に改めて楽曲を聞いて、歌詞の意味を理解しようとしたけど全部は無理だった。
そりゃそう。ストーリーと前後の文脈を知らないから。
だから今回知れてよかった。
そういう歌だったのね!!と気づけてよかった。


そして、自分の子供は自分の命より大事という母親の覚悟を見せつけられたキムの「命をあげるよ」。
個人的には屋比久さんの力強い歌声に母親の覚悟を感じて胸を強く打たれた。
母親の気持ちは母親にならないとわからないけど想像することはできる。
キムが本当に自分よりもタムを大切にしていたことがわかる。そんな曲。
これはメロディーよりも歌詞(台詞)が好きです。
何度も言うけどキムの覚悟が全て詰まっている。
子を持つ女は強いのだ。


根強く印象付けられたバッドエンド

前記した通り、最後はキムが自ら命を絶って終わるミスサイゴン。
私が大好きなレミゼラブルは、それはもう多くのプリンシパルが死ぬんだけど、最後には希望が待っている終わり方。
その希望は、マリウスとコゼットの二人。
罪を犯しながらも善良な心で必死に生き抜いたジャンバルジャンに、たくさん守られたマリウスとコゼットの二人は、たくさんの命を背負いながら長く生きていくのだろうと、思わせてくれる終わり方。
ハッピーエンドとは言えないかもしれない、でも、主人公のジャンバルジャンにとってはハッピーエンドだと思う。

ミスサイゴンは、キムが望んだ人生を歩むことができず、最後には死を選んでしまう、どう見てもどう考えてもバッドエンド。
でもだからこそ、戦争のリアルさ、そこで必死に生きた人々のリアルさを生々しく感じられたんだと思う。
同じこと何回も書いているようだけど、本当にそれくらい強い印象を持ってしまった終わり方でした。

良い悪いの話ではない。
でも好き嫌いは分かれる話。きっと。多分。
私は正直好きも嫌いも感じられなかった。
そういう社会派人間ドラマ、そんな感じ。
でもこの作品を観ることには意味があった。
楽しいことだけじゃない、嬉しいことだけじゃないのだ、世の中は。
知らないところで苦しんでいる人たちがたくさんいるんだ。
そう思わされたから、観ることに意味を持てた。



おわりに

なんだか本当に感情のままにつらつら書いてたら長くなってしまった。
本当は全プリンシパル分解釈したかったんだけど時間がないのでここまで。

リピートしたいと思えるストーリーではないけど、他のキャストさんのお芝居も観たい。
やっぱり複数キャストの利点はそこだわ。

秋ごろまでのロングラン公演。
最後まで完走できることを願っています。



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