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ショートショート 「商売道具の聴診器」

#ショートショート

「商売道具の聴診器」

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どんな仕事でも

商売道具というものがあるだろう。


わかりやすい例だと、

プロ野球選手のバットやグローブ、

絵描きであれば筆やペン、

最近の多くの人にとってはパソコン

といったところか。


医者をしている私の場合、商売道具は聴診器だ。



不思議なもので、

慣れ親しみ、愛着すら沸くようになった商売道具は、必要以上の能力を発揮することがある。


私の聴診器は、その人の寿命を教えてくれるようになった。


まだまだ生きる90歳の胸の音。

あとわずかの命であろう生まれて間もない赤ちゃんの胸の音。

体調に異変が起きはじめている若者の胸の音。

他にもたくさん聴いてきた。



この能力を手にして、

天国へ向かう者の心の準備や、

残される者の心の準備のため、

私なりに精一杯貢献してきた。



医師としての正義感がそうさせたのだ。





「Nさん!調子はどうですか?」


「身体は元気!歳のせいで頭がボケて悪くなるだけだ!ハハハ!」


「またそんなこと言って〜!じゃあ血圧測って、胸の音聴きますね〜。」


Nさんと毎週おきまりのやりとりを終えた。


今日もNさんは元気そうだ。



胸の音もいつも通り問題ない。




「今日は久々に来客があるんだ。こんな老人に会いに来てくれる人がいるのは嬉しいよ。」


「それはいいですね!身体は大丈夫そうですよ!楽しんで下さい。なにかあったらいつでも連絡して下さいね。」


来週の土産話を楽しみに、その日は診察を終えた。






しかし、翌週からNさんが来ることはなかった。




来客中に急病で倒れ、病院に搬送されたが、お亡くなりになったと一報があったのだ。


「そんなはずはない。」


私の聴診器は嘘はつかない。





人としての正義感で私は動き出した。



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