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[Anamnesis]

ある日の見た夢
その夢の中では感覚があり、口にしたものの味や触れたものの感触、更には痛みまでも感じられた。
そのような夢を時折見るが、夢自体が映像や音声といった視覚や聴覚に起因するものだとすれば、それ以外の感覚があったとしてもごく自然な事と思うのである。

しかし本来、感覚というものはそれぞれの感覚を司る器官からの神経伝達によって生じるものであり、感覚器官が刺激を受けない夢の中では感覚は生まれず夢自体が無い筈である。
同様に仮に死後の世界があるものとして、精神が肉体を離れている状態では感覚が生じる事はないだろう。

感覚がなければ幸福も苦痛も生まれず、天獄や地獄といった概念も意味を成さない。
となると、生前の体験や経験に基づく記憶・知識が死後の世界や夢で我々に感覚を与える要因になると考えたのだ。
 
記憶は脳科学において大脳辺縁系である海馬(hippocampus)によって形成されると知られている。
これはギリシャ神話に登場する海神ポセイドンが跨る半馬半魚の生物の姿に酷似している事から名付けられた。
ギリシャでは古来より、周辺に存在していたメソポタミア文明、エジプト文明、古代イスラエル文明などから様々な影響を受け、自然学・倫理学・論理学などを含む哲学が発展した。

なかでも哲学者であるソクラテスは魂は不死であり繰り返し蘇るという想起説を唱え、
魂が復活するたびに誕生の衝撃でそれまでの記憶を忘れてしまう。よって人が学び知ったものは忘れてしまった記憶を回収しているだけにすぎないのだと説いた。

さらに、ソクラテスを師に持つプラトンは輪廻転生する不滅の霊魂(プシュケー)の概念を重要視し、滅びる宿命の身体に属する感覚を超えた知を描き、知を特質とし自己を動かすプシュケーは不滅であるとした。
また、プラトンは知覚を超越したところにあり、直接には知覚できず、ただ想起によってのみ認識し得る、時空を超越した非物体的、絶対的な永遠の実在としてイデアという概念を示している。

実際に、幼少期に前世の記憶がある人間も存在する。しかし、およそ6〜7歳までには前世を語る事はなくなり、次第に忘れてしまうようである。
我々が見る夢も起きて間も無いうつつの状態では内容を覚えているが、意識が鮮明になり現実で行動するようになると夢の記憶はぼやけてくる。
死後の世界があるとするならば、それは夢の中の感覚に近いのかもしれない。

プラトンのいうイデアを認識する為には、如何に生前に経験を積み、記憶を想起できるかが重要となる。
プシュケーが新たな身体に定着する事でそれまでの記憶を忘れてしまうのであれば、
定着する前のプシュケーから記憶を読み出す事が出来れば、それらが介添えとなるだろう。

哲学者プラトンは自身の著書であるティマイオス及びクリティアスにおいて、アトランティス大陸の存在を記述している。
資源の宝庫でそこにある帝国の王家は海神ポセイドンの末裔であったが、人間が混じるにつれ堕落し、プラトンの時代の9000年前に海中に没したとされる。
プラトンの曽祖父だったとされるクリティアスは、さらに祖父からこの話を聞き、クリティアスの祖父は賢人ソロンから、ソロンはエジプトで神官から伝えられたという。
しかし、プラトンは紀元前4世紀、ソロンは紀元前6世紀ほどに活躍した人物で、アトランティスについて言及しているのは、プラトンの著書の中の記述のみなのである。

アトランティスが存在する記述をプラトン以前に遡ることは出来ず、実際にはどのようにして彼が9000年も前に没した大陸の存在を知り得たのかは謎に包まれている。
そこで、想起説を基にプシュケー・イデアの概念を提示したプラトンだからこそ、プシュケーから記憶を読み出しイデアを認識する術を確立していたのではないだろうか。

そして、まさにこれが、霊魂の記憶を読み取り想起する為の装置なのである。

古代ギリシャにおいて蛾はプシュケーが具現化された存在、あるいはプシュケーそのものとして捉えられる。
プシュケーから記憶における情報を受け取り、シナプス・受容体を模したアノード・カソード極と、神経を模した脊椎回路を通じて海馬機関へと保存される。
海馬機関では保存された記憶をエネルギーに変換し、可視光信号として外部にアウトプットする。
さらにこの光がまた別の蛾を誘引する事で新たなプシュケーからの情報を受け取り、さらにまた光によって別の蛾を誘引し想起の環となるのだ。


これら霊魂の情報が光に変換できるのならば、記憶、または霊魂は量子的側面を持つと仮定できる。
光に変換される事で記憶が消費された場合、死者の記憶を得た者は1つの肉体に複数のプシュケーを有する事となるのだろうか。
あるいは、消費され記憶が消滅する事でプシュケーは別の新たな肉体へと定着し蘇るのだろうか。

それらを知り得る為には、今はただ、より多くの知識、経験を求めて生を全うする他ないようである。

作品名
Anamnesis

素材
タツノオトシゴ オウムガイ殻 ウニ殻 サル頭骨 シカ頚椎 ハス アメジスト フローライト タカラガイ 燭台 銅 真鍮 牛革 木箱 電装品 プシュケー

製作年月日
2022年4月

ザ☆アトランティス展
2022年7月9〜18日 ギャラリーソコソコ
神奈川県横浜市中区山下町81−6

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阿部光太郎(あべこうたろう)

[プロフィール]
先天性の色覚異常や骨格形成異常による周囲との差から多数派が正とされる社会に違和感を感じ、多様性の表現および自らの死生観への理解を目的として作品を制作。

[経歴]
2021年2月、マンタム式ワークショップ作品展参加。
2021年9月、UMA展覧会参加。

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