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【ヒビビビミリ】 #6 雑記「欲望の原因対象」 「ガッチャン」他 - ツキサノ


はじめましての方ははじめまして。

そうでない方も読みにきてくれてありがとうございます。

コンテンツを吸収して巨大化するゲル状のモンスター ツキサノです。

ウラル山脈北部、旧ソ連の軍部が秘密裏に作った極秘実験施設のカプセルの中からこの記事を書いています。コポコポ。


さて、すっかり日本は夏模様ですね。(パラドックス発生)

これから迎える梅雨を申し訳なく思う太陽が、人の機嫌を伺っているような。そんな晴れ間が続いています。

夏にこれといったアクティブな予定が控えている訳でもありませんが、そんなノープランインドアボーイの私ですら、夏の気配に絆されて、どこか開放的な気持ちになっているような気がします。

今頃、『ゆず』のふたりのテンションも高ぶりに高ぶって、マッハ7くらいで坂道を降っていることでしょう。

しかし、一口に夏と言っても、良いことばかりではありません。

一際、夏バテなんてものは気が滅入りますし厄介です。

私も、最近のやたらと高い気温にやられて、少し早めの夏バテになったのか、何だか身体も怠く、このnoteを書くのも今すぐやめてしまいたいくらいです。

それは毎回だろと思う方もいるかもしれませんが、「面倒臭ェ〜」という感情に偽りはないので、今回こそ正真正銘の夏バテです。。(自己暗示)

さて、前置きはほどほどにして、さっさと宣伝を終わらせ本文に行きましょう。

記事を更新していない間に、Podcastの方もいくつか更新しています。

ゆずのふたりのように、下り坂をみっともなく転がり落ち続ける光速スライダーラジオ『MEME SERVICE』を今後ともよろしくお願い致します。




棒にも箸にも掛からない最近の出来事と考え事


・こんな正面に貼る?

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私を含むすべての喫煙者が、喫煙という行為に至る過程には、絶対的に「何となく格好良いから」という要素が存在する。

その要素は、「どの銘柄を吸うか」という選択においても強く影響を与えていて、味の好みが第一基準とは言え、第二基準くらいには「何となくこの銘柄がイケてるから」が来るような気がする。

恐らく「この煙草を吸ってる奴はこういう奴」というイメージが定着しているのも、少なからず吸っている銘柄自体に、喫煙者の自我が内包されているからではないだろうか。

また、エンタメコンテンツやポップカルチャーが好きな喫煙者と出会い、吸っている銘柄が同じだった場合、通ってきたコンテンツの共通点が非常に多い。

それも、恐らく「何らかの作品内に登場する喫煙者」をロールモデルにした上で自分の銘柄を選択しているからであって、自分の選択が左右されるほど敬愛している作品であれば、その後もこの作品に似た作品を掘っていく事になるので、自ずと足跡が似通ってくる。そういう訳だ。

そんな自我を内包した「私の一箱」の顔とも言うべきパッケージ中央に、残酷に貼られた某ドラッグストアのシール。

人格そのものを否定する断罪の一貼り。

ある種、凄く機転が効いたスマートな嫌煙活動な気がしてきた。

これを読んでいる小売店勤務の嫌煙家の皆さんは参考にして欲しい。



・『SNS -少女達の10日間』を観た。

今週の中頃に、劇場で『SNS -少女達の10日間』を観てきた。


鑑賞前に見ていた予告編や、Twitterのタイムライン上に浮遊していた知人達の感想から、相当キツい内容である事は、十分に覚悟したつもりでいたのだけれど、いざ観てみると、想像を遥かに上回る「精神的グロテスク」が次々と目に飛び込んできた。

皆の好きを詰め込んだものが、ファミレスのわんぱくなコンボプレートやお子様ランチなのだとしたら、この作品は、さながら「嫌さのスペシャルプレート」で、平らげる頃には、すっかりと感性の胃がもたれてしまった。

同時に、このドキュメンタリーは、『PSYCHO-PASS』で描かれた対象人物の危険度を数値化するツールだとか、『寄生獣』で「人外の姿」が視ることが出来た浦上の目だとかにも通じる、人の内側にある「」を可視化する装置としては、かなり強力な部類に入ると思う。

製作者の舵の取りようによっては、「危うさ」と肉薄する作品でもあった。

まあ、この作品については、後日のPodcastで色々と語る予定なので、続きはそちらの回で…。



・不死が先か、魂の存在証明が先かの妄想

だいぶスピっている見出しをつけてしまったけらど、あくまで暇人の思考実験に過ぎないので心配には及ばない。

Podcastのタイトルに「妄想カルチャーラジオ」という文言がついている通り、そのパーソナリティである私も、常日頃から他愛のない妄想ばかりしている。

今日もサウナ室の中で、阿保面をしながら、ありもしない物事についてボーっと考えていた。

それは何かというと、「仮に実現するとしたら、不死が先か魂の存在証明が先か」である。

と言うのも、近頃、スティーブン・キングの著書『死の舞踏』を読み返した事に端を発して、やたらと世界各地の怪物の伝承や、不死のバケモノについての伝承を検索しており、その最中に、オカルト的存在を科学的に検証する英国のサイトに行き着いてから、非科学を科学的に分析する楽しさに取り憑かれてしまったからだ。

段状に広がるサウナ室の中で、私の背後に座っていたオッサンは、目の前にいる阿保面の毛深い男がこんな事を考えているとは露ほども思わなかっただろう。そういう点で言うと、あの場所にいたバケモノは私なのだが。

それはさておき、結局の所、どちらが先かを妄想の吹き出しの中で導き出すことは出来なかったのだけれど、定義にもよるが、不死の存在が実在した時点で魂の存在が実証されることに気が付いた。

少し説明したいと思う。

仮に発見された不死の存在Xが、肉体構造や器官が全て同じで、どんな外傷や肉体破損も瞬時に再生する生物だとする。

また、器官や四肢などのパーツの一部が、完全に身体から分離され、火がつけられて灰にされたとしても、新たに復元されるとしよう。

この時、もしも分離され灰になるも、新たに復元されたものが「頭部」だった場合に、元の記憶や人格等々、個人に紐づけられた情報を維持していたとしたらどうだろうか。

頭部、もとい「」は人間における唯一の情報の保存先、つまりはコンピューターにおけるハードディスクのようなもので、元の情報が保存された頭部が焼失した時点で、原理的には、新たな頭部を再生するために必要な参照データ自体も同時に失われているはずだ。

そして、先ほども触れた通り、人体構造は隅から隅まで人間と同じである。

そんな条件下で、新たな頭部が再生され、記憶や人格を維持しているということは?

その存在Xには「脳」や肉体以外の場所に情報の保存先が備わっていたことになる。

意思や感情、個人の情報を有する形を持たない保存先

つまり、それは現状「」と呼ばれているものそのものになるな、という話。

まあ、そもそも「ごくごく限られた特定条件の不死の生物がいること」が前提になっている時点で、思考実験と呼べるものではないのだけれど、こんな何のタメにも得にもならない事を考えるのは楽しい。

亜人、読み返したくなってきたな。



《雑記》 欲望の原因対象


ジジェクがマッチングアプリを批判する動画がTwitterでプチバズしていた。


最近、かわいいジジェクでお馴染み、スロベニアの哲学者スラヴォイ・ジジェク先生の動画がプチバズしているのを二ヶ月に一度くらいのペースで目にしている気がする。

日頃、タイムライン上で「小学生が考えた面白語感コンテスト」みたいなツイートを繰り広げている私のフォロワー達が、「ジジェクを介したラカンの哲学」を前にした時だけは、大人の落ち着きを垣間見せるから、眺めていてかなり面白い。

AKIRAのナンバーズよろしくTwitterは、こどもおとなの収容施設だ。

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確か、以前プチバズしていたのは、彼がよく着ているTシャツにプリントされた「I would prefer not to (私は〜の方が望ましいのだが) 」という文章の意味について彼が解説するというインタビュー動画で、スティーブン・キングのモダンホラー作品を例えに出していたのが非常に興味深かった。

フィクションを例として活用するノンフィクションの哲学者と、自伝の文中の中で、度々、現実の事件の名前を例にするモダンホラー作家。

対照的なふたりに見えるが、実は両者には「整合性の否定」という共通点がある。


今回話題になっていた動画において、ジジェクは「"完璧"は物事が完璧ではないからこそ存在する概念だ。」という事に基づいてマッチングアプリを批判しているのだけれど、それが正しいか正しくないかはさておき「哲学の視点から考えるマッチングアプリ」という論じているテーマ自体がかなり興味深い。

彼が論じた内容は以下の通りである。


マッチングアプリの最大の問題は、自己商品化、自己プロデュースの側面が常に含まれていることだ。
人はマッチする時、自己を何らかの利点を持った存在としてプレゼンしなければならない。
他者からどう見られるかだけを考えて、自己イメージを提示することになる。
そんなものは愛ではない。
完璧な相手」とは恋に落ちることが出来ないんだ。
相手に小さな欠点がないと恋をすることはできない。
その欠点を知ることで「その"不完全さ"にも関わらず、彼を/彼女達を愛する」と思えるようになる。

以前、南米の女性と話をしたことがある。
30代半ばでも性的な魅力を保っている女性だ。
直近の恋人が性行の前に彼女の裸を見た時の話をしてくれた。
彼は、裸の彼女を見るとこう言ったそうだ。
「あと1、2kg痩せたらあなたの身体は完璧なのに」
その時私は「絶対に痩せてはいけない」と答えた。
もしダイエットに成功しても、彼女は「完璧」になるわけではない。
プレーンになってしまうだけだ。
「完璧さ」の幻想は、この「過剰さ」(脂肪)によって精密に造られている。
「多すぎるな」と思うことで、「これが無ければ完璧なのに」と想像する余地が生まれる

この「過剰さ」抜きで、「完璧さ」を手に入れることはできない
これは精神分析で「欲望の原因対照」(対照A)とされるものだ。
「欲望の対象」ではない。
「欲望の対象」とはこの場合、男や女などだ。
重要なのは「欲望の原因」だ。
恋に落ちる原因となるものは、いつも不完全な微として現れる。
そこがマッチングアプリの最大の問題だ。
やったことないのであまり分からないが。


最後の最後になって「やったことがないのであまり分からないが」と言ってしまうジジェクはやはり可愛い。

ジジェクのチャーミングさに目がいって、いまいち分からなかったと言う方向けの図を準備した。


2021-05-30 16.39のイメージ


この図中の「余地のプロセス(思考)」こそが、ジジェクが最も重要なパートだと述べている事であり、同時にこのプロセスで行われる思考こそが、「欲望の原因対象」を探る事である。

つまり、世で言う「完璧」は、不完全さを補填することで明確にイメージできるものであって、この「不完全さ」が無ければ、完璧も存在し得ないという意味だ。

ジジェクはこれをマッチングアプリと紐づけて論じているが、何もこれは恋愛に限った話ではない。

日常生活の基盤に、この理論を敷くことで、多少生きやすくなる人もいるのかもしれない。


この欲望の原因対象についての哲学は、逆説的に、完璧な存在をイメージする事は対象の存在の不完全さを認めることにもなる。

この世の人物や概念の中で、絶対的に完璧とされるものは何があるかを考えると、真っ先に思いつくのは、宗教における「」の存在だろう。

一般化した宗教信仰の中で偶像崇拝、つまりは「神のイメージを特定化」することを禁じている宗教にアッラーフを唯一神と定めるイスラム教があるが、これも広義的には、理論化された「欲望の原因対象」と同義と言える。

神様は崇高で激ヤバにマブい存在だから、人風情に全貌を明かすことなんてねえんだよ」を守る為に制定された厳格なルールだと考えると理解しやすい。

ありとあらゆる物事に当てはめられることだけに、全てを書き出そうとするとキリがないので、この辺で締めようと思うが、これを読んでいる読者の方の中にも、この考えだけで多少は救われる人がいるのではないだろうか。

私自身も、日々の不完全さや、欠落した自分を愛すことからもう一度始めようと思う。


《雑記》 ガッチャン


かれこれ2年間ほど、坊主にしていたせいで、未だ「頭皮の上に毛髪がある」という状況に馴染めずにいる。

髪が生えている」という事実が生活の根に存在する人々にとっては、当たり前に存在する「次はこんな髪型にしようかな」という何気ない思考。

そんな思考すら一切生まれる余地のなかった2年のブランクによって、最早、髪型をどう決めるのか、どう考えれば良いのかすらも分からなくなったてしまった。

人がしばらく触れていなかったものに順応するには時間がかかる。

フィギュアスケーターが数日間練習を休むと、氷の上でバランスを取ることすらままならなくなるように、元「坊主」が髪について考えることは非常に難しい。

実質「ハゲ=フィギュアスケーター」だ。


そんな毛の禅問答をしている間にも、毛髪は少しずつ伸び続け、ある時期の升田幸三のような中途半端な長さになっていた。

勿論、私は、将棋が破茶滅茶に強い訳でもないし、名人と呼ばれたことなど生まれてこの方一度もないので、ただの小汚い陰湿おじさんだ。

自虐的に、升田幸三について考えている中で、将棋に纏わる幼少期の出来事を思い出した。


確か、あれは、私が小学校1年生くらいの頃だったろうか。祖父母どちらかの何回忌かの集まりか、誰かのお葬式か、とにかく何かの仏事で親戚一度が集まった日のことだった。

親戚一同の中に、仏事の際によく構ってくれる気の良いおじさん(どのような血縁関係上だったのかは覚えていない)がふたりいて、私はそれぞれを「仙台のおじさん」「ガッチャンおじさん」(何故ガッチャンだったのかも覚えていない)と呼び、とても懐いていた。

ふたりは、いつもは鬼ごっこに付き合ってくれたりしていたのだけれど、その日は、葬祭会館の休憩スペースに将棋セットがあり、「どうだ一局」「いつきも見ていけ」とふたりの対局を観戦することになった。

それから、何がどういう話になったのか、いつの間にか、敗者は私にお小遣いとして「3万円」を渡すというルールが追加され、対局はどんどんとヒートアップしていく。

はじめこそ、何もせずとも確実に3万円という大金が貰えるチャンスが訪れたことに胸を高鳴らせていた私だったが、「3万円が大金である」という事実は、二人のおじさんにとっても同じことで、仙台のおじさんの戦術に押されるにつれて、次第に冷めた表情へと変わっていくガッチャンおじさんから「大人のマジの焦り」を感じ、子供ながらにこの場から逃げ出したいという気持ちで一杯だった。

そうこうしている内に戦いは進む。

王手…!

仙台のおじさんが言い放った。

その時である。

ガッチャンおじさんの顔が真っ赤になり、「クソが!ふざけんな」と言いながら、財布から1万円札3枚を乱雑に掴み取り、将棋盤に向けて投げつけたのだ。

普段の温厚さとはかけ離れた修羅のような表情のまま、怒り狂ったガッチャンおじさんは、休憩スペースの襖をダン、と強く締め、葬祭会館から出て行った。

仙台のおじさんは、勝者の余裕からか、将棋盤の上に散らばった3万円を丁寧に拾い集め、私に手渡しこう言った。

いつきの勝ち

その瞬間に、張り詰めていた糸が切れ、私は泣き出してしまった。

涙でぐしゃぐしゃになった私の顔と、折り目でぐしゃぐしゃになった福沢諭吉の顔。

思えば、それが私にとって「賭博 (的なもの)」と「大人のマジ」の原体験だったように思う。

それから十数年が経った現在。

未だに自然とギャンブルには手を出してない。

私の勝ち。



ツキサノのコンテンツ通信局

ツキサノが、オススメのコンテンツを発信する秘密のコーナー


① 小林美代子『蝕まれた虹』【小説】

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【概要】
「絶望もここでは王冠のように輝いていた。」(「蝕まれた虹」より)
この世のあらゆる不幸を味わい尽くし、精神病院での5年間の闘病生活から放たれた祈りの小説群。自らの狂気を見つめる目は緊迫感に満ち、聖痕のごとく、清らかに輝きつづけている。中上健次が「むごたらしいほど美しい小説」と絶讃した「髪の花」など8篇を収録。
 同人誌仲間だった中上健次、勝目梓らと切磋琢磨する日々をおくり、中上初期の傑作「十九歳の地図」に登場する「かさぶただらけのマリア」のモデルとしても知られる異才、小林美代子。
 精神病院の病棟で綴った処女作「幻境」では、自らの狂気を題材に独自の境地をつくりあげ、精神病院内の虐待の実態をえぐった中篇「髪の花」で群像新人文学賞を受賞、そのわずか2年後に自死して果てた。自宅の机の引出に残された遺稿「蝕まれた虹」では、鬼気迫る狂気の日常から不思議な聖性がこぼれ出し、まさにマリアのように、あらゆる不幸を幸福に変えてしまいそうな力がみなぎっている。


② 磯部涼『令和元年のテロリズム』【書籍】

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【概要】
まったく素顔が見えない川崎の無差別殺人犯・岩崎隆一。元農水事務次官の長男・熊澤英一郎は父親に殺されるべきだったのか? 戦後で最も多くの死者が出た京都アニメーションの放火事件犯・青葉真司が抱える深い闇。令和の幕開けに起こった新時代の前途多難を予感させる大事件から浮かび上がってくる現代日本の「風景」とは?


③ ひうち棚『急がなくてもよいことを』【漫画】

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【概要】
変わっていく、変わらない日々が、確かにここに在りました。
子どもたちだけで映画を観に行った思い出。
ひとり給食を食べるのが遅い、あの子のこと。
久しぶりに帰った実家での母との会話。
僕のことを忘れてしまった、おばあちゃんとのおしゃべり。
動物園デートの思い出。
結婚1年目に夫婦で見た景色。
子どもと歩いた散歩道での出来事。
子どもが寝静まった後の帰宅。
ビニールプールで遊んだ夏のこと。
家族で見た海の情景。


④ 真利子哲也『宮本から君へ』(原作・新井英樹)【映画】

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【概要】
文具メーカー「マルキタ」で働く営業マン宮本浩(池松壮亮)は、笑顔がうまくつくれない、気の利いたお世辞も言えない、なのに、人一倍正義感が強い超不器用な人間。
会社の先輩・神保(松山ケンイチ)の仕事仲間である、自立した女・中野靖子(蒼井優)と恋に落ちた宮本は、靖子の自宅での食事に呼ばれるが、そこに靖子の元カレ・裕二(井浦新)が現れる。裕二を拒むため、宮本と寝たことを伝える靖子。怒りで靖子に手を出した裕二に対して、宮本は「この女は俺が守る」と言い放つ。この事件をきっかけに、心から結ばれた宮本と靖子に、ひとときの幸福の時間が訪れる。
ある日、営業先で気に入られた真淵部長(ピエール瀧)と大野部長(佐藤二朗)に誘われ、靖子を連れて飲み会に参加した宮本は、気合いを入れて日本酒の一升瓶を飲み干し、泥酔してしまう。見かねた大野が、真淵の息子・拓馬(一ノ瀬ワタル)の車で送らせようと拓馬を呼びつけた。そこに現れたのは、ラグビーで鍛えあげられた巨漢の怪物だった……! 泥酔する宮本と、宴会を楽しむ靖子、二人の間に、人生最大の試練が立ちはだかる。



⑤ 杉田協士 『ひかりの歌』 【映画】

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【概要】
「ひとつの歌」の杉田協士監督が、映画化を前提に開催した「光」をテーマにした短歌コンテストで、1200首のなかから選出した4首の短歌を原作に、それぞれに孤独を生きる4人の女性を主人公に4章仕立てで描いたヒューマン・ドラマ。モチーフとなる短歌は「反対になった電池が光らない理由だなんて思えなかった」「自販機の光にふらふら歩み寄り ごめんなさいってつぶやいていた」「始発待つ光のなかでピーナツは未来の車みたいなかたち」「100円の傘を通してこの街の看板すべてぼんやり光る」の4首。主演は北村美岬、伊東茄那、笠島智、並木愛枝。



⑥ Iceage 『Seek Shelter』 【音楽アルバム】

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最後までお読みいただき有り難うございました。

また次回お会いしましょう。


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