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綿矢りさ「 ひらいて 」感想

♡⃛ ネタバレ無し
♡⃛ 既読/未読でもよめます 感想文のような、推薦文のような

わたしがほんとうにすきですきで堪らない作品なので愛を込めて語りました。と言いつつ、私語り多め。しょうがないです、ネタバレしちゃだめなので。

美雪→「 ひらいて 」の主人公の恋敵のおんなのこ
“あの娘”→わたしがいろいろな意味で嫉妬しているおんなのこ
彼→わたしのこいびと

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大好きだ、大好きだ。こんな気持ち、愛とも恋とも呼んではいけない。彼を刺し貫く想いの矢だ。(p.137)


狂おしくどす黒い情と、繊細に紡がれた文章のコントラストが強烈な作品。少女らしい回想と日常風景も___いや、日常でこんなドラマチックなことは無いし決してあってはならないのだけれど___非常に好み。

耽美な官能表現もまた、私の心の隙を上手に突いてきた。まだ何もかもが芽生え始めの頃、興味本位で開いた美術書に裸婦画があったのを見つけた時と同じ生ぬるい興奮、心臓の高鳴り。本作品も絵画も、作者がただ下劣な欲望のみをぶつけた作品では無い。美しさをも両立させようとした努力が伺える試作である。それ故、そういったシーンを読んでいる時でさえも、私は作者の技術に純粋に感嘆し文面に見蕩れていた。

愛とは、と哲学的な物思いにふけることを可能にさせたのも本作品のいとおしい点である。最愛の人に対する私の愛は、主人公が持つものとよく似ているものだ、と深く感じた。熱くて黒くて煮え滾りながら体内を迸る血のような、美しくも醜くぎらぎらと溶けゆく概念。
もしも彼への片想いが始まった頃、彼には既に美雪のような存在がいたとしたら。わたしの嫌な勘が当たってしまい、か弱く愛らしい“あの娘”がまさか本当に彼の恋人であったとしたら。
わたしは本作品の主人公と同じようなことを___否、文字通り同じではなく、ただ、何かしら双方を傷つけるようなことを___したいと思ったかもしれない、と。強く思う。実行しなかったとしても。
私の彼への愛が今こんなにも清らかで落ち着いているのはたまたまそうであるだけで、私の恋愛感情とは元々もっと嫌なもの。嫉妬とか怒りとか自己愛とか、ひねくれた感情が混じりに交じって全部一緒に燃えている。
だけれど同時に思う、彼から私への愛はそんなものではないのだろうな。彼からの愛はきっと、清らかな純白を保ってきらめき続ける真珠。たとえ人間らしい感情や行為を伴って変形したとしても、「元」が宝石であるから、一生その価値を持ち続ける。
完璧で理想的で、私を全身全霊愛してくれているはずの彼に感じている、物足りなさ。それはまさしく、愛がただ綺麗なだけの真珠だから。もしも何もかもが始まる前、私が彼をすきにならなかったとしたら。もしくは、途中で私が心変わりして別の人と好い関係になったとしたら___彼は間違いなく、私を追わなかった。雨粒の重みに耐えきれなくなった桜みたいに、切なく潔く散りゆくことの出来る恋心だった。
今でも、どうしても別の人と寄り添いたくなった、と彼に言ったとしたら。また私はこうして嫌な憶測をしてしまう。最初は、なんとかこの日常を手放したくないと思って情熱的に説得してくれるかもしれない。しかし最終的には、貴方がそちらの方が幸せになるのであれば、と言い放ち、決して止めはしないだろう。それがあなたの、この世の中で最も理想的かつ純潔な愛だから。
対照的に、私の愛は酷く泥にまみれている。立場が逆のことがあったら、私は何をしでかすか分からない。
そんな風に勝手に物足りなさを感じてしまっている申し訳なさと、主人公と同じくらい汚い自分に嫌悪感。でもそれ以上に、私は結局こんな私のことも好きでいてしまう。主人公のキャラクターをとてもすきだと思ったのと同様。
皮肉なことに、こんな時は“あの娘”の言った言葉を思い出す。「本に書かれていると、現実にもこんなことがあっていいんだ、って思えるんです。」

こんな不純な動機で、私は本作品がすきだ。もちろんそれだけではなくて、先程も述べたように、ただ文章それ自体の美しさに陶酔したこととか、青春時代を思い出す端々にときめいたこととか、いろいろ好きなところはあるの。でもやっぱりいちばんは、作中触れられていたワイルドの「サロメ」にもあるような毒々しさに心打たれ、感動したこと。

主人公は、誤ちを犯しながらも成長していく。青春小説らしく、最後は綺麗に纏まっていて。やけにフィクションらしいけど、私は好きだった。
ここまで心を揺さぶられたのはなかなかに久しぶり。出会えて良かった。


余談:“あの娘”への歪な感情
元々、嫉妬してしまうほど嫌ってしまうのがいやだからあの娘と仲良くなろうと思い始めたのを思い出してしまった。小動物みたいに愛らしくて、あらゆる悪から遠いところにいて、ただただ健気に生きている彼女を、嫌いになりたくなかった。そんな醜い人間になりたくなかった。「嫌いな人間のいる人間」であることがいやなのに、ましてや彼女を嫌うなんて。そうなるよりも、不純な動機から仲良くなって彼女をすきになってしまう自分の方がマシだと思った。
彼女への嫉妬心は残念ながら今も燃え続けている。才能と能力、甘え上手な性格とそれに似合う容姿、そして彼から彼女への愛情に対しての嫉妬心。
そう、愛情___恋心でなかったとしても___友情のまま終わらないただならない愛着が、彼から彼女に向けられている。それだって何も悪いことでは無いのに、それを思うといつも泣きそうになってしまうの。彼女を甘やかそうとする彼を見て、疑いは増していく。そんな訳、ないのに。
これが無くなることは無いんだろうなと、悟っている。幾度となく彼女と会って触れて笑いあってどれだけ好きになっても、嫉妬心は蒸発できない。

こんな私を知らずに、どんな事があっても貴方が一番だよ、と言ってくれる君が好きです。
貴方も私と同じように愛ゆえの嫉妬を抱いて欲しいと思って、傷つけてしまうかもしれない。それでも好きでいてくれる信頼のある貴方、私の悪事が何も分からない純粋な貴方がだいすき。

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