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これだけの幸せ、これほどの幸せ

今日は起きてすぐ身体の色んなところがすごくいたくて、こわれてしまいそうだと気づいた。
だからバイトを休んで、布団にくるまって、幼い生き方に還った。

恋人はこういうとき、いつも世話を焼いてくれる。今日もお昼ご飯を作って家事をしてくれて、隣でお腹を摩ってくれて、薬局にお使いまで頼まれてくれた。
あとはたいていわたしを横目で気遣いながら、自分の趣味や課題に取り組む。

だけれど、今日は違った。
いつものように世話は焼いてくれたが、
今日は彼もいっしょになってくれた。

お昼、彼の作ってくれた豚バラ野菜巻きを食べたあと。彼はいつも昼寝を二十分間とるので、今日もそうだと思っていた。でも彼は目覚ましをかけずに、わたしを抱きしめて横になった。とろとろとした声で、くるしいね、だいじょうぶ、よしよし、 とあやしながら、彼は眠りにおちた。

やわらかい光、あたたかいお布団、
いとおしい彼、ここちよい風。

これらは好いお昼寝の契機でしかない。わたしも彼を追って、ゆらゆら意識を溶かしてゆく。

起きて、こんな時間か、と思って、いや夢だ、と思って寝て、起きて、こんな時間か、と思う……という無限に陥る悪夢を見た。ループでぐらぐらしながら疲労して目を覚ますと、隣に彼の顔があった。速かった鼓動が落ち着いた。時計を見ると数時間も経っていた。

彼もどうやら目を覚ましたらしい。いっぱいねちゃったね、と頭を撫でると、むにゃむにゃ、朧気な返事が返ってくる。

「あなたがこんなに休むの、珍しいね。」
「うん、僕もここ数日疲れることばかりしていたからね」
「そっか、じゃあ、今日は一日休もうよ」

どうする、なにする?
なんでもできるね!

いくら身体が痛くても、わたしの心は華やいだ。


まずは一緒にゲームをした。
最新機種なんかじゃなくて、わたしが小学生の頃のゲーム機。ぱかってひらくやつ。
一個しかないから、わたしがやってるのを彼が隣で見て、茶々を入れてくる。ことことと笑い合う。

夕方になって、でもやっぱりふたりでなにかしたいな、ってなってしまった。だから映画を見ることにした。
儚くて切ない映画を見た。淡い映像と穏やかな音楽に彩られた、美しい映画だった。
映画が終わりに差しかかるころ、ふと窓の外を見ると、青かった。七時半なのに、明るいね と、つい漏れた。そうだね、もうすぐ夏至だからね、と彼はひとりごとにも無視せず返事をしてくれる。綺麗だね、と、綺麗な映画を数秒見放しても、見蕩れる価値のある夕暮れ空だった。

映画の総評をひととおりした後、そこそこ元気になっていたので、わたしが夜ご飯を作ることにした。彼が一番好きなオムライス。わたしが凝った料理をいくら練習しても、彼が一番好きなのはずっとこのメニュー。ふわふわこだわりたまごと、よく焼いたケチャップがあまいチキンライス。

おなかいっぱいになって、そしたらまた不調の波が高まってきてしまった。いたいね、つらそうでかなしい、僕と分けられたらいいのに。優しい言葉をかけながら、またあなたはわたしを癒そうとしてくれる。
痛みなんかより、目の前にある優しさが尊くて、わたしは嬉しくなった。ありがとう、ほんとうにだいすき、の気持ちが沁みた。

最後に、あなたの腕枕でこうして幸せを噛み締める。
幸せってこういうことだよね、と強く思った。

世間から見たら、これだけの幸せ。
でも、わたしからしたら、これほどの幸せ。

ありがとう、だいすき、おやすみ
寝顔に向けて、心の中で呟いて、
安らかな気持ちで部屋の灯りを消した。

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