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アーティストは職人か研究者か

『自分はどのような人間になって、どのように生きたいか』という問いへの答えを持つことは、よりよい人生を生きる上で非常に大切なことです。

私も先輩アーティストやギャラリー関係者の方々から、「アーティストとして活動している目的はなにか、今後どのように活動していくのか」といった問いかけをよくいただきます。

活動初期の私は将来のビジョンが全くなかったため、そういった質問にうまく答えることができず、「とりあえずアート専業で食べていけるようになって、好きなものを描こう」くらいに考えていました。

しかし実際問題、「アート専業で食べていけるようになる」という目標は「とりあえず」で片付くレベルのものではなく、同時にそこを目指すことはアーティストとしての選択肢を大きく狭め、たくさんの可能性を犠牲にしかねないリスキーな道であることをほどなく理解しました。

アート専業で食べていくためには当然、『安定して作品が売れ続ける』ことが必要となりますので、売れやすい作品を狙って作っていかなくてはならなくなります。例外もあるでしょうが、単純に思い付く条件としては以下のようなところでしょうか。

売れやすい作品の条件
・視覚的に美しい
・手頃な大きさである
・わかりやすいものである
・上品なものや、見ていて心地よいものである …etc.

売れやすい作品を目指していくと、自然とこういったところに意識が向いてしまいがちです。

視覚美を重点に置いていない作品や、視覚的であっても美しさよりも醜さを描いたものなどは売れにくいのではないでしょうか。売れるためには視覚的に綺麗な印象派や日本画、部屋に飾れる大きさで、テーマも死や社会問題などの重苦しいものよりも風景や人物、花鳥風月……

ここで気を付けたいのは、これらの条件を満たすものがそのままイコール良いアートと断定できるわけではなく、単にインテリアとしての適性の高さを示しているに過ぎないということです。

大きさなどは特にわかりやすいですね。展示する空間の広さによっても適正なサイズは変わってくるでしょうが、それは作品そのものの良し悪しとは無関係です。インスタレーション作品などは相当売るのが難しいでしょうが、売れやすい平面絵画の方が優れているとは限らないでしょう。

つまり、『とりあえず食べていけるように』『売れやすいものを作る』ということを前提にしてしまうと、風景や美人画や花などの万人受けする見慣れたテーマを、売りやすいサイズで美しく描いた絵をひたすら量産する『インテリア職人としてのアーティスト』へと方向性が絞られてしまいがちなわけです。

しかしながら、実際のところアーティストの仕事とはそれが全てではありません。

世界や人間の有り様を解析し、さまざまな問題や真実を克明に暴き出すこと。

まだ誰もやったことがない新たな概念を生み出し、脈々と続くアート史の末尾に新しい1ページを付け加えること。

人類の文化的発展に直接貢献し、歴史に名を刻むのはこうした現代アートの作家たちです。

それは既存の製品を量産する職人の世界ではなく、むしろ先人の研究を引き継ぎ発展させて新たな発見・発明へと繋げていく、研究者の世界に近いでしょう。

こうした研究者タイプのアートはどちらかといえば日本よりも欧米向きですし、加えて一般の個人よりも美術館やギャラリスト、有力コレクターなどに訴求していく力が求められます。歴史的に価値があると認められる必要があるとも言えます。

こうした『インテリアとしてのアート』と『研究論文としてのアート』が同じアートというくくりの中にあって、その中間のアートもまたグラデーション的に存在していて、それぞれの作家がそれぞれ自分の立ち位置で制作をしているかと思います。

それぞれの目指す方向性に合わせて、売り込みの対象ややり方などの販売戦略も変わってきます。そこを見極めなくてはなりません。

近年の私は後者の研究者寄りのアートをやっているので、『アート史、歴史、文化、哲学、心理学など多岐にわたる知識を深めていくこと』『自身のコンセプトを表現するかつてない方法を模索すること』『世界的なギャラリストやコレクターに売り込んでいく道筋を見つけること』などが目標になってきます。

来年にはNSG美術館での個展がございます。美術館は作品販売よりも入場料での収益がメインであるため、「ある程度の人数が動員できると見込んでいますよ」という美術館側の期待に応えなくてはなりません。

そうした期待をかけていただけるようなところまで来たこと自体もひとつのステップアップですが、ここから次のステップに繋げられるよう、全力を尽くしていきたいと思います。

読んでくださいましてどうもありがとうございました。

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