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【体験談】夏休みの宿題男【ダメンズ②】

フライドチキン男に別れを告げ、私は高校生になった。夢のJK。バンド時代に突入です。私は迷わず軽音楽部の扉を叩いた。そこには私の思い描くようなバンドマンは居なかった。そりゃそうだ、その時の愛読書は「SHOXX」「CURE」なんだもの。

まー現実はそんなに甘くない。というわけで私は軽音楽部ボーカル志望の15歳となる。そこで同じクラスメイトのY君と遭遇した。タイプだ。顔が。面長で目と顎の距離が遠くて笑うと目が行方不明なのが何とも私の好みなのだが、彼がまさにそうだった。バンドを組むことになった。最高です。ありがとう春よ。

「バンドメンバー」は特別な響きがある。友達でも家族でも先輩でも後輩でもない存在。私にだけある特別な聖域にいる人達。友達にも「メンバーと打ち合わせがある!」と出し抜けの一言が気持ち良い。「打ち合わせ」の成果が出たことはなかったが言いたいのだ。「打ち合わせ」「ミーティング」「会議」うーん、ここに日本人の反省すべき文化が垣間見える(が、今回の本筋からは逸れるのでやめよう)

彼と夜になると「打ち合わせ」と称して電話することが増えた。枕元に子機を置いて待機。ある日の電話でバンドに全く関係ない、私の好きな人を絞り込む流れになった。「同じクラスの人」というところまで絞り込んだ。汗ばむ私の手。脇汗、滲むパジャマ。なんてロマンチックなんでしょう。

「○○○君?」「違う」「○○○?」「違うよ〜」永遠に繰り返す。そして最後の一人。「あと残ってるのは…」「うん…」「俺…?」「うん。」キャアアアアア!!!!!今思い出すだけでなんか叫び出しそう。なんてウブなの、なんてかわいいの私ってやつは。コンニャロー!

彼を下の名前で呼び捨てにし出した。クラスメイトはそれだけで「お?」という顔つきになった。思春期ですもの、敏感です。素敵な1学期だった…。軽音楽部の初ライブも無事に終わった。私の歌は好評で、先生や先輩からも一番うまかったと誉められた。今、歌のお仕事を貰えているのも、この時気付かされた自分の可能性なのかもしれない。順調に過ぎた1学期。2学期の前に来るもの、そうもうすぐ夏休みだ…。

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Y君との交際は順調だった。彼の携帯の待受画面にまで私は昇格したのだから、言うまでもない。そんなある日の夏休みも終わりに近づこうという夏の暑い日。いつものようにY君とデートの約束を取り付ける為に電話をした。しかし電話の向こうの彼の様子が明らかにおかしかった。どうしたんだろう?聞いてみる。

「夏休みの宿題が終わらないんだ…」彼は心の内を吐露した。それは大変だ!どうにかしなくては。私は彼を支えなければ。「私の家で一緒に宿題やろう?」彼は力のない声で返事をする。「わかった」

はてさて私の部屋に来て1時間は経っただろうか。彼は宿題をやるどころか、体育座りした両足に顔を埋めて動かない。そんなに追い込んでいたなんて。夏休みの宿題のバカヤロウ。「大丈夫?」声を変えると彼はおもむろに言った。

「別れよう。宿題のことで頭がいっぱいで、きみの事を考えられない。余裕がないんだ」これはあれか?仕事と私どっちが大事なの?っていうあれか?宿題と私のどっちが大事なの?ってキレるべきか?

彼は帰った。私は泣いた。わんわん泣いた。母に心配された。理由を話すと母は言った。

「人は簡単に人のことを嫌いになる。箸の持ち方一つで嫌いになる。本当の理由はわからないけど、わからない方が良いこともある。彼に問い詰めて、理由を聞き出しても、より傷つくだけで良いことなんて一つもない」

私のJK初彼氏との青春はこんな形で幕を閉じた。

そこからは悲惨だった。交際中はそんなことなかったのに、別れてからというものの私が歌うと他のメンバーとこそこそと内緒話をされた。他のメンバーから、辞めて欲しいと言われた時、あぁ多分Y君がそう願っているんだろうなってすぐに分かった。私以外男のメンバーだったから理不尽だったけど辞めざるを得なかった。

クラスでも彼のグループに所属している男の子とは話せなかった。軽音楽部にいてもバンドを組めていない私に居場所はなかった。でもどうしてもバンドだけはやりたかった。諦められなかった。新しいメンバー探しに奔走した。掛け持ちでも良いから!お願い!と頭を下げて回った。

なんとか形になった新しいバンドで、初ライブがあった。私はY君と別れてからギターを始めた。下手くそだったけど楽しくて、お披露目の為に毎晩遅くまで練習した。初ライブ当日。私は目を疑った。そこには最前席を陣取るY君集団。私の応援団ではないだろう。ライブが始まるや否や、クスクスと私たちを笑った。私を笑った。それでもなんとか弾ききった。片付けの最中、悔しくて泣いた。新しいバンドメンバーに背を向けて壁に突っ伏して泣いた。メンバーは困っていた。私の悔しさは私にしかわからないものだった。

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今思うと女の腐ったやつみたいだな。その時「別れた人のことを悪く言うのは、自分のことを悪く言うのと同じ意味を持つ」と学んだ。こうして思春期に、その後の自分を作る要素をひとつひとつ学んでいくんだね。

彼とはその後20歳の成人式で再会したきりだ。あんなに高校の時イケてた彼は、ちょっと太ってメガネをかけていた。私は積年の恨みを晴らすべく、彼に会いに行った。「久しぶり〜写真撮ろう〜?」私は美人に成長していた。逃がした魚は大きかろう、美しかろう。彼は引き攣った顔で「え、あ、いや」としどろもどろ。友達に強引に撮ってもらった。「高校の時は本当にごめんなさい」彼は私に謝罪した。罪悪感があったのにはびっくりしたけれど、私は満面の笑みで「全然気にしてないよ!写真、母に見せるね!」と置き土産を残し、彼の元を去った。「それはちょっと」みたいな声が後ろから聞こえる。私は笑顔だ。

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