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お子様ランチのベーシスト

ピュアな心を持った彼は、私の心を射抜いた。だけど、あれれ?「ピュア」とはものの言いようで、彼はお子様ランチスペシャルセットだった。

出会いはネットだった。遠い昔…私が所属するバンドのベーシストとして、彼は現れた。彼の動きが独特で、私は惹かれた。「どうしよっかなぁ〜」と小首をかしげて、スタジオの中を右往左往する姿が、なんともアーティスティックだったのだ。カスタムアーム付きベースを所有しているだけで変態認定だ。

私以外のメンバーは彼に懐疑的だった。「この子をどう扱えばいいのか?持て余すのではないか?」と口々に言う。私は決意した。猛獣使いになることを。

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彼はスポンジだった。言われたことは何の疑問も持たずに行うし、約束は守る。猛獣使いの手腕を発揮する場面は、あまりなかったと言えよう。「何でベースにアームつけたの?」「何すかね〜ノリっす」「どう使うの?」「そこなんすよね〜まだ良く分かんなくて。使ってないっす」雲行きが怪しくなって来た。

とあるレコーディングの出来事だった。まだレコーディング技術の乏しい彼に、「宅録するからベースを持っておいで」と言った。8曲ものレコーディングだ。一緒に作り上げた方が、何かと彼も助かるだろうと思ったのだ。しかし彼の回答は頑なだった。「いえ。自宅で自分で録って、データ送ります」心配ではあったが本人が言うのだ。承諾する。

おかしい。待てど暮らせどデータが来ない。今日は締切日だと言うのに。連絡する。「すみません、もう少し時間ください」締め切りの2日後に、拙いデータが2曲分だけ送られて来た。2/8。残り6/8。

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結論から言うと、てんで間に合わなかった。(あったりめぇだー音楽舐めんなー)仕方なく8曲をギタリストに頼み込んで、ベースを代わりに弾いてもらい、納期に間に合わせた。CDに記載するベーシストの名前は、弾いてない彼にしてあげた。弾いてないけどな。

さぁ、呼び出しだ。サイゼリアで猛獣と使いが直接対決。「何で家に来なかったん?」「いや〜怒られるの怖くて…」お子様だ。好きで音楽やってて、何なら故郷から音楽やりにきてて、できなくて怒られるのが怖くて逃げた。呆れて物も言えない気分に初めてなった。年も然程変わらない彼と私の、一体何が違うのだろうかと、頭を悩ませる。

ピュアだと思っていた。素直だったし、人の話も良く聞いていた。だけど本当はスカスカだった。見た目はゴツメの石なのに、持つと軽石だった。その後バンドはもれなく解散。私も彼もファンの前では「これからも音楽を頑張ります!」と意気込んだものの、1年後には彼の新しいバンドから彼の姿は消えていた。飛んだらしい。

飛ぶなら、猛獣のように天高く飛んで欲しかったな。


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