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忘れられないフランス美食ツアー

 20年程前に料理記者をしていたころ、留学で培った語学力を買われフランス取材によく行っていた。いつも招待旅行なので高級レストランやホテルに泊まらせてもらい美味しい思いをさせてもらえたのだが、なかでも一番思い出に残っているのが、「フランス20星を食べつくす」ツアーだ。
 このツアーは、フランス料理の振興団体「フランス料理文化センター」が企画したもので参加費は1週間で60万円!合わせて20星になるフランス各地のミシュラン星付きレストランを1週間かけて巡るというなんとも贅沢なツアーである。代表の大沢晴美さんが、フランスの一流シェフとの交流が厚く、そのコネクションを活用し、通常では日本人旅行者が行けないような人里離れた山奥にあるレストランにも連れて行ってくれる。参加者の多くはホテルで活躍する料理人達で、他にはソムリエ、料理教室の先生、裕福な美食家などの面々で、みな美食に一家言持っている人たちで、まだ新米記者だった私は大いに勉強になった。


 スタートはパリの三ツ星「ル・グラン・ヴェフール」。日本でも高級ホテルでフェアをしているギィ・マルタン氏がシェフを務め、有名なパレロワイヤルにある格式高いレストランである。プライベートでは多分二度と行けないだろうその店で、パイナップルと豚肉のソテーが出され、一瞬戸惑った。「三ツ星で酢豚風?」
マルタンシェフによると、肉にフルーツを使うのに凝っていたらしい。
パリの後はアルザス、ブルゴーニュ、ローヌと巡り、その土地ならではの食材を使った郷土料理が登場する。このツアーがすごいのは、庶民的なビストロから三ツ星までさまざまなジャンルのレストランを巡るので、同じ郷土料理でもレストランのレベルによってどのようにアレンジされるのかがわかるのだ。郷土料理が基本にあるフランスのガストロノミーを理解するには、本当に勉強になるプログラムだった。
 とはいえ移動はバス。朝はフォアグラやパン工場などを見学、昼は12時から15時までフルコース、またバスに乗り次のレストランのディナーが20時から深夜12時まで続くというハードスケジュールで、自分がフォアグラ状態。しかもなぜか三ツ星レストランのメインディッシュに鳩のローストが3回続き、さすがに食傷気味であった。


 そんなゲンナリしていた時に訪れたのがアルザスにある一ツ星「Le CERF」だった。宿泊もできるオーベルジュ内のレストランで、アルザスの調度品が飾られたインテリアは温かみがあって、田舎の家を訪れたようにリラックスできる。
 最初の前菜が、前に訪れたビストロと同じアルザスの郷土料理プレスコフとメニューに書かれているのを見て、ちょっとがっかりしていた。
気を取り直して、ひと口食べてみると、
「ん?! 何これ、めちゃくちゃ美味しいっ!」
 プレスコフはブイヨンで煮た豚肉をその煮凝りで寄せた料理で、「Le CERF」のは、パイ包みの中でジュレがトロっととろけ、うま味がジュワーっと口中に広がり、今まで食べたことのない新しい味わい。添えられたハーブ野菜が肉の脂をさっぱりさせてくれ、また絶妙であった。パイ包みするそのひと手間で、同じ料理がこんなにも洗練されるのかと驚いた。
次のフォアグラのラビオリはさらに上をいく感動だった。琥珀色に澄み切ったコンソメスープの中に、フォアグラを包んだラビオリとトリュフが浮かび、見た目はシンプル。しかしコンソメを口に運ぶと、丁寧に雑味を取り除いた深みのある味わいに、
「コンソメって、こんなに美味しいんだ!」と思わずうっとり。
そしてラビオリは、ツルンとした生地の中に、上品に燻製し香りづけたフォアグラが入り、これもまた格別。淡泊だが味わい深いコンソメと、濃厚なフォアグラのラビオリの相性は抜群で、まさに完璧な一皿だった。


一週間、これでもかと美食の数々を堪能させてもらったが、私にとってこの2品は今も忘れられない味となった。長女を出産後主婦になり、フランスへは20年も行っていない。あと2年、次女が中学生になったら、ぜひもう一度食べに行きたいと思っている。

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