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1994年 SideA-3「主題(Furuhata’s Theme)/本間勇輔」

本間勇輔作曲・編曲

・「警部補 古畑任三郎」(フジテレビ系 1994/4/13~6/29)主題曲

 フジテレビ系水曜9時枠4月クールドラマ主題曲。脚本家・三谷幸喜の名を一躍全国区にした人気ドラマの第1シリーズ。このあと96年に第2シーズン、99年に第3シーズンが作られ、多くのスペシャル版も作られ、最終的に2006年のお正月に放送された3夜連続のファイナルまで足掛け13年にわたって作られ続ける長寿シリーズとなった。主演は田村正和。方向性の違う代表作を数多く持つ田村正和にとってもとりわけ異彩を放つ作品だったが、今となっては彼の最もポピュラーな作品になったといえる。

 脇を固める三谷組の面々、そしてゲスト犯人たちと田村の堂々の演技合戦が毎回楽しみだったが、その魅力の源泉はなんといっても脚本の抜群の面白さであった。犯罪ドラマにもかかわらず全編コメディータッチで貫かれていることに加え、本格ミステリー指向、ワンシチュエーション指向、引用好き、伏線好き、楽屋落ち好きなど、三谷の持ち味がこれでもかと注ぎ込まれた渾身の一作。夜明けの編集部で第2話(堺正章が歌舞伎俳優・中村右近に扮した回)の脚本を読み終えた時の興奮は、今でもはっきりと思い出すことができる。

 三谷本人も認めている通り「古畑任三郎」は明らかにアメリカの人気ドラマ「刑事コロンボ」の影響下にある。キャラクター設定に関わる大枠からごくごく細かなディティールに至るまでその影響は多岐に渡るが、このドラマが「コロンボ」から受け継いだ最大の遺伝子は「倒叙」というスタイルだろう。「倒叙」とは最初に犯人による犯行の模様が描かれその真相がどう暴かれるかが見どころとなるミステリーの一形式で、小説としてはフランシス・アイルズの「殺意」や江戸川乱歩の「心理試験」、最近では東野圭吾の「容疑者Xの献身」などで知られるが、この形式を最も有名にしたのはやはり「刑事コロンボ」ということになる。ドラマ的なメリットとして倒叙形式は犯人役に大物ゲストを起用しやすいという利点があり、さらに「古畑」の場合、ラストのいいところで田村正和とがっぷり四つで芝居ができる特典付きだから、ゲストのキャスティングはかなり自由に出来たと思うし、その犯人の豪華さがこの作品が長く人気を保った要因のひとつであった。

 実は「刑事コロンボ」のほかにもう一つ「古畑任三郎」に大きなインスピレーションを与えているドラマシリーズがある。「刑事コロンボ」と同じリチャード・レビンソン&ウイリアム・リンクが制作&脚本を手がけた1971年製作のドラマ「エラリー・クイーン・ミステリーズ」がそれである。そして「刑事コロンボ」からの最大の遺伝子が「倒叙形式」であるとするなら、「エラリー・クイーン・ミステリーズ」から受け継いだもっとも大きな遺伝子はラストCM前の「視聴者への挑戦」であった。
 
 ドラマシリーズ「エラリー・クイーン・ミステリーズ」のストーリーはほぼレビンソン&リンクによるオリジナルであり、原作に借りているのは、主人公エラリー・クイーンのキャラクターのみと言ってもいい(「エラリー・クイーン」というのは原作者の名前であると同時に主人公の探偵の名前でもある)。

 原作者エラリー・クイーンは、アガサ・クリスティーなどと並び20世紀初頭のミステリー黄金時代を象徴する推理作家。いとこ同士2人の共同執筆作家として知られ多くの傑作を残しているが、そんなクイーンを代表する人気シリーズに国の名前がタイトルに入っている「国名シリーズ」と呼ばれる一連の作品があり、このシリーズは終盤で「読者への挑戦」というページが挟み込まれることで有名だった。 

 レビンソン&リンクはこの「エラリー・クイーン・ミステリーズ」の中で、探偵エラリーが突然カメラに向かって語りかけるという形でこの「読者への挑戦」の趣向をドラマに取り入れ、原作ファンを大いに喜ばせたのである。そして三谷幸喜がその趣向を「古畑」にも取り入れたのだ(もっともこの趣向は本来「さあ、これで誰が犯人かわかりましたね?」という問いかけでこそ成り立つわけで、「倒叙」と「視聴者への挑戦」の組み合わせはそもそも無理があるのだが、そのありえない組み合わせを違和感なく全エピソードで成立させたのは、やはり三谷幸喜の筆力と田村正和の演技力の賜物だろうと思う)。

 そして「読者への挑戦」のほかにもうひとつ「古畑任三郎」が「エラリー・クイーン・ミステリーズ」に大きくインスパイアされていたのがタイトルバックと主題曲だった。以前三谷自身が「まさかジャズで来るとは思わなかった」と書いていたから、「古畑」がジャズテイストの主題曲を採用したのはたぶん演出サイドの判断だろうが、実際「古畑任三郎」のクールでスタイリッシュなイメージはこの本間勇輔の音楽に負うところが大きい。そしてこのジャズテイストの音楽とチェス盤をモチーフにしたグラフィカルなタイトルバックというイメージは、「エラリー・クイーン・ミステリーズ」からインスパイアされているのである。「エラリー~」の音楽を担当したのはエルマー・バーンスタイン。ヘンリー・マンシーニによる「刑事コロンボのテーマ(「NBCミステリー・ムービー」のテーマ)」のゴージャスな音世界とは対照的なクールな主題曲であった。

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