マガジンのカバー画像

短いおはなし7

1,035
運営しているクリエイター

2023年11月の記事一覧

コップ一杯の薔薇

コップ一杯の薔薇

男の子は女の子に、なにを贈っていいのかわからなくて、なんて伝えればいいのかわからなくて、小箱に、コップ一杯の薔薇を入れて贈った。女の子は、コップ一杯の薔薇と過ごした。多くはいらなかった。コップ一杯のやさしさが、今日も朝日に輝いた。

悲しくならなくて済むには

悲しくならなくて済むには

悲しくならなくて済むには
どうすればいいの?
子ぐまが訊いた。
クマが答えた。
ただ、立ち止まらずに
進むのさ。
その痛みに、状況に、言葉に
立ち止まらずに、すこし先を見て。
秀でたひとがその先へ
ゆけるんじゃない。
立ち止まらなかったひとが
その先の光を見つけるのさ。

来るべき喜びのために。

来るべき喜びのために。

世界の果てのある街のひとたちは、寒さのための準備をした。来るべき悲しみと運命のための準備をした。しっかりと覚悟と感謝をフル充電した。そして、来るべき喜びのために準備をした。できるだけ身体とこころが偏らないようにした。その準備も喜びだった。

老犬の冬の鼻先。

老犬の冬の鼻先。

朝起きるとわたしは人間ではなく、いちごの薫りだった。窓のすきまから部屋を抜け出し、初冬の大気にのびのびとなじんだ。すぐに海までゆけた。わたしは、眩しそうに海を見ていた老犬の冬の鼻先をかすめた。老犬は不思議そうに、しばらくの間、いちごの薫りをさがしていた。

さて。蝋燭を。

さて。蝋燭を。

ぼくは失い続けてもうなにもないよ。子ぐまが言った。クマが言った。
きみは喪失と悲しみの庭にいる。さて。蝋燭をひとつずつ灯していこう。いままでの幸運や、役に立たない大切なものすべてに、灯火を。それが勇気と結界になる。きみは悲しむのではなく、灯火を守り、暗闇に掲げ、生きてゆく。

身体が隠れるくらいの花束。

身体が隠れるくらいの花束。

ある日女の子に小箱が届いた。小箱を開けると、身体が隠れるくらいの大きな花束を抱えた男の子がいて、顔を隠したまま花束を渡すと、いなくなってしまった。女の子はバケツに水をたっぷり入れて花束を生けた。男の子の孤独なこころのような青い花がそっと咲き続け女の子の孤独によりそった。