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幸せのハードルをチェックしよう

私は今、人生で最高潮に幸せのハードルが下がっています。

そこにある幸せは当然か?

この記事を読んでいる方の多くは、平和な日本で暮らし、仕事や学校はあるにせよ、それ以外の時間は基本的には自由にコンビニに行ったり、飲食店で自分が食べたいものを選んで食べたり、友達や家族に会いにいったりある程度は自由にできる環境にいると思います。(もちろん、すべてが自由というわけではない方もいらっしゃると思いますが)

そして多くの人が、そんな生活が自然だと思っているのではないでしょうか。でも、私は中国での生活に通して、こういった生活が当たり前ではないということを痛感しています。

人の心理は相対的

行動経済学にはプロスペクト理論という有名な理論があります。その理論のひとつに、人の行動は「参照点」、つまりなんらかの基準によって左右されるという考え方があります。

例えば、年収300万円の人が、年収100万円アップした時の幸福度と、年収1000万円の人の年収100万円アップは。同じ100万円という金額でも感じ方が異なります。

周りの同僚の年収が300万円の会社で、自分の年収が600万円である状態と、周りの同僚が年収が800万円の会社で、自分の年収が600万円である状態では、幸福度が異なります。(多くの場合は前者のほうが幸福度が高いです)

つまり、その人の中にある基準(言い換えると「幸せのハードル」)によって、同じことが起こっても幸せを感じる度合いが異なるということです。

どんどん下がる幸せのハードル


さて、冒頭でも書きましたが、私は今この「幸せのハードル」の存在を身をもって痛感しています。

今年4,5月に、上海でのロックダウンを経験しました。自由に外に出たり、買い物したりすることができない環境におかれ、許可が出た時に近所を散歩できるだけで幸せを感じました

その後、一時帰国を経て、中国に戻りました。中国入国後、1週間のホテル隔離に突入しましたが、ロックダウンの時と同じように早くこのホテル隔離が終わって外に出たいと感じていました。

でも直後に、PCRテストの結果で陽性となってしまい、ローカル隔離病院で隔離されることになりました。太陽の光も入らない、汚い病室に閉じ込められ、いかに隔離ホテルの生活がマシだったかを知りました。

最初は病室には私一人だったのですが、その後他の患者さんが入ってきて、個室ですらなくなってしまいました。その時に、病室とはいえ、一人で過ごせていた時間がいかに貴重だったかを知りました。

そんな環境で2週間を過ごした後、無事陰性となって通常の隔離ホテルに戻ることができました。隔離されているとはいえ、清潔な部屋、バスタオル、綺麗なシーツと大きなベッド、外がよく見える窓、自由に飲めるミネラルウォーターと電気ケトル。そして何より一人で自由に過ごせる空間。

そんなホテルとしては当然といえば当然な環境を、最高に幸せだと感じています。隔離されているので外には一歩も出してもらえないのですが。

私たちの「幸せ」はいつだって相対的です。もし、落ち込んだり今の環境に不満を感じたりすることがあったなら、少しだけ、今自分の幸せのハードルがどこにあるのか、何かと比べてしまっていないかを、考えてみるのも良いのかもしれません。

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