見出し画像

渦中から君へ15

今週は天気がずっと悪いらしい。
土曜日も農業をするはずが休みになり、日曜は昼間にズームをする予定があって休み。月曜は本業のために農業は休みだったのでばあばのうちにずっと行けていなかった。今日も朝から雨が降っていたのでお休みかと思っていたら昼にばあばから電話があり、午後は仕事をしてほしいということだった。風は強いままだったがなんとか雨は止んだのでキャベツを収穫してほしいと。
そういうわけで君はやっとばあばのうちに行くことができた。
君は行きの車中で寝てしまい、ぼくが仕事に出かけたあとで念願のばあばのうちで目覚めた。

午前中はみおさんは仕事だからぼくがずっと遊び相手になっていたわけだけど、朝食をなかなか食べずに動き回っている君と遊びまわるのもなかなかに体力がいる。雨は吹き込む感じじゃなかったからベランダにも出たし、「ごはんごはん」と言い出すので抱き上げて食卓につかせるのだが、牛乳を飲むだけで食事には手をつけずに再び椅子からおろせと言うくだりを3回くらい繰り返した。
最近は「ごはん」と言うことを覚えた。
そもそも「まんま」って「ママ」と混同するからややこしいとは思っていたが、そもそもそういう幼児語を使うことの意義を考えさせられる。
ついついぼくも「まんま」の他に、「ぶーぶ」とか「ちっち」とか「ちりんちりん」とか「ぴっぴ」とか使っちゃうけど、「さかな」とか「うんち」とか「きゅうきゅうしゃ」とか「ごみしゅうしゅうしゃ」とか言えてるのにメジャーな幼児語だけ幼児語で教えようとすることに意味があるのかなって思ってる。
まあ、どのみち時間が経てば車も小便も自転車も言えるようになるんだし、発語する響きがかわいいからいいんだけれどね。「ごはん食べようよ」って言ってから「まんまたべようよ」ってわざわざ言い換えていてバカっぽいなってたびたび思ってはいた。
それで言うと、よく食べている鮭もしらすもメカジキも、ベランダで眺めるメダカも、みんな「さかな」って言ってるけど、風呂場にイラストが貼ってあって指差しで教えてるバスとかパトカーとか救急車とか消防車とかゴミ収集車とかも「ぶーぶ」と言えば「ぶーぶ」なんだよな。乗り物のイラストがたくさん載ってるその一覧には船もコンテナ船、カーフェリー、旅客線、モーターボートって細分化されてるのをぼくは一律に「ふね」って教えてて、なんとなくモヤモヤしていた。どこまで細かく教えるのがいいのか、実はずっと悩んでたりする。いや、悩んでるって言ったら大げさだけどね。ま、いいか。どっちみち覚えられるとこから君は勝手に覚えていくんだし。

日曜日はいい感じで午睡に入ってくれたので、ぼくはベランダに折りたたみ椅子を出して缶チューハイを飲みながら本を読んだ。
読みかけていた川上未映子の短編集「愛の夢とか」の最後の「十三月怪談」。これはくらった。読み終わってからしばらく動けなかった。夫婦の話。「怪談」というだけあって幽霊の話でもあるんだけど、ちょっと読んだことがない類の怪談だった。ちょうどぼくとみおさんくらいの年の夫婦の話で、序盤の語り手である妻は死んでしまう。ということはその妻が化けてでるってことになると思うんだけど、それがぜんぜんシンプルじゃない。そういうシンプルな話と思わせて、最後まで読むと「え?」ってなってくる。震撼した。
黒澤明の「羅生門」とか西川美和の「ゆれる」みたいに見る角度で話が変わるって話ならこれまでも触れてきたわけだけど、なんせ語り手が幽霊なのだ。しかも角度が変わるどころの話じゃなくて、もう明らかにパラレルワールドの話みたいになってくる。にも関わらず、着地する。そうだよね、そうなるよねってところに。
まったくなんて話を書きやがるんだよ。
天気のよい午後だったし、お酒がいい感じに回っていた。こういう小説こそ酒飲んで読むべきだな。
そんではからずもその夜に見た映画「アノマリサ」も夫婦の話だった。
いや、夫婦というか男女か。その映画はアメリカ映画だけど、気味の悪い機械仕掛けの日本人形が出てくる。酔っ払った主人公のおじさんが息子へのおみやげに大人のおもちゃ屋さんで購入するのだ。その悪趣味な日本人形は桃太郎の歌を歌う。「もーもたろさん、もーもたろさん」て。あ、ちなみにその作品自体が全編人形劇なんだ。人形劇の中に人形が出てくるわけね。

「アノマリサ」の主人公は、自分以外のすべての人の声が同じ声に聞こえしまう。実際に主人公ともう一人の登場人物をのぞいて、自分の奥さんや息子の声もすべて同じ俳優さんが声をあてている。そんなのホラーだよね。そんな作品を見ると、いまは君とうまくやっているけれど、君がどんどん大きくなっていっても今みたいに「パパパパ」言ってくれるのか不安になる。
ぼくは大丈夫って思ってるんだが、こればっかりはわからないじゃない?怖いわ。でもぼくは大丈夫だと思ってるけどね。くだらない冗談言っても笑ってね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?