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【創作BL】夜食にはご馳走を

※獣人×人間の短編BL小説

 地面に、人間の男が倒れていた。放っておけば良いと思ったが、このままにしていたら誰かに危害を加えられてしまう。俺の家はすぐそこだ。嫌な悲鳴を聞きたくは無い。
 軽く揺さぶっても反応は無く、顔を近付けると呼吸はしているようだった。溜め息を吐いて、肩に担ぐ。華奢な身体、さらりと垂れる黒髪に、白い肌。目を引く容姿だな、と思いつつ、視線を逸らして足を進めた。

「……あれ……」
「起きたか」

 勢い良くベッドから起き上がる姿に、目線を送った。明らかな動揺が見て取れる。

「……っ……!? ここ、どこ……あれ、俺、どうして……」
「森の中に倒れてたんだよ。獣に滅茶苦茶に食われて死にてぇのか?」
「……助けてくれたの……?」
「人間の悲鳴が嫌いなだけだ」
「……ありがとう」
「起きたなら、とっとと……」

 帰れ、と言いかけて時刻が深夜であることを思い出す。このまま外に出したら本末転倒だ。

「……明るくなったら帰れ。分かったな」
「泊めてくれるって、こと? いいの?」
「大人しくしてろ」
「随分、優しいんだね。ありがとう。あ、ねぇ、人間の肉って獣人にとってはご馳走なんでしょ? 少し、どう?」
「はぁ!?」

 思わぬ申し出に大声を出してしまった。

「いや、馬鹿かお前。痛むぞ」
「痛くても良いよ。どこでもいいなら、二の腕か太腿が希望かな」
「……さっき言っただろ、人間の悲鳴が嫌いだって」
「痛くても悲鳴なんてあげないよ」
「苦痛に歪む顔も、嫌いだ」
「笑っててあげるからさ」

 にこ、と笑う顔を見て、俺は顔が引き攣った。

「……何が目的だ?」
「目的なんて無いよ、お礼がしたいと思って」
「そんなもん要らねえ。分かったら妙なこと言わずに寝てろ」
「じゃあ、せめてベッド返すよ。俺、そこのソファー借りていい?」
「さっきまで意識朦朧としてたやつが何言ってんだ。もういいから、そのまま寝とけ」
「……あのさ」
「なんだ、まだ何かあるのか」
「お腹空いちゃって……お水だけでもいいから、分けて貰えないかな……?」

 人間はわけのわからないものだと聞くが、本当にわけがわからないと思った。ただそれは、嫌悪感とかでは無かった。

「……夕飯に作ったシチューの残りがある。それでいいか?」
「えっ、いいの? ……あ、その中身、人間は入って……」
「入ってねぇよ。じゃがいもと玉ねぎとニンジンと、鶏肉だ」
「……ニンジン……」
「好き嫌いの部類なら食えよ」
「……はい」

 冷蔵庫からタッパーを取り出し、鍋に入れて火に掛ける。一人分のシチューは、すぐにふつふつと温まった。深皿にあけ、スプーンを添えてテーブルに置く。声を掛けようとして、この男の名前を知らないことに気が付いた。いや、知らなくていい。朝には出て行くだろうし、知る必要も無いと思った。

「……冷めるぞ」
「あ、ありがとう……!」

 ベッドから降りようとした男は目測を誤ったのか、つんのめるようにして床へと足を付けた。獣人用のベッドだ。人間には大きいだろう。椅子に腰掛けた男は、ちらりと俺を見ると皿に向き直り、手を合わせた。

「いただきます」

 スプーンで掬われたシチューが、口へと入る。そういえば、自分が作った料理を他人に食べてもらうなんて、いつぶりだろうと思った。普通に振舞ってしまったが、獣人と人間の味覚って同じなのか? 極端に違うとしたら、恐ろしく不味い物を食わせてしまった可能性もある。早くも後悔し始めた時、視界の端で男が勢い良く顔を上げた。

「美味しい! すごく美味しい!!」

 今までに無いくらい生気のある声と顔で言われ、面食らってしまった。

「あ、ほんとに! お世辞とかじゃなくて! 俺、料理出来ないから……こんなに美味しいシチュー、初めて食べたよ」
「……そりゃ、良かったな……」

 真正面からぶつけられた褒め言葉になんと返したらいいのか分からなくて、そう答えた。

「料理、好きなの?」
「まぁ、趣味程度だけどな」
「すごいね、向いてると思うよ」

 ぱくぱくと食べる最中に話し掛けられ、ただ答える。なんだか、胸の奥がもやもやした。恐らく、素性が分からない他人との会話に、違和感を抱いている。こう、後も先も無い、実りの無い会話をしている、という感じが少し気持ち悪かった。
 料理を褒められたことも、友人に同じことを言われたらとても嬉しくて心に残るだろう。しかし今の言葉は、霧のようにすぐ消えてしまう。やっぱり、助けるべきじゃなかったか。

「……名前」
「あ?」
「名前、なんて言うの?」
「……知らなくていいだろ」
「そんな冷たいこと言わないでよ」
「もう会わないだろ、必要ない」
「俺はまた会いたいよ」
「……会ってどうすんだ」
「うーん、仲良くなりたい、かな。色々話をしたいし、他の料理も食べてみたい」
「そんなの、人間とやればいいだろ」
「もう人間は嫌なんだ」

 皿を空っぽにした男が立ち上がる。ニンジンもちゃんと食べたのか、偉いな。

「俺は、人間関係に疲れて、もう全部どうでもよくなって、ふらふら歩き回ってた。それで倒れちゃって、君に出逢った」

 漆黒の瞳が俺を見つめる。

「それで、一目惚れしちゃった」
「……はぁ!?」

 真面目な話から一転、茶目っ気たっぷりな告白をされ、後ずさった。

「いや、俺、男だぞ。それに種族も違うって分かってんだろ」
「獣人に同性愛って存在しないの? 人間だと、マイノリティだけど、有るよ」
「無いわけじゃねぇけど……」
「あ、もしかして恋人がいる?」
「……いや」
「いないの? 良かった。それなら、堂々と好きって言えるね」

 ベッドに居た時の弱々しさは何処へやら、ぐいぐいと迫って来る男から逃げた。

「俺のこと、嫌い?」
「好きでも嫌いでもねぇ。さっき初めて会ったんだぞ?」
「うん、だからさ、どっちか分かるまで、俺と関わって欲しいな」
「どっちかって……」
「嫌いとか、無理ってなったらすぐに消えるからさ、ね? 今はまだ、どっちでも無いんでしょ?」

 壁に追い詰められ、手を取られる。白くて細くて、少し冷たい手。

「でも俺は、すごく君が好き」

 正直な話、告白なんてされたことが無かった。色恋沙汰にも無関心、というか機会も無かった。だからか、酷く動揺して、身体が熱い。男とか人間とかそういうことはひとまず置いておいて、他人から一方的に好きだと突き付けられる感覚に、心臓が跳ねる。

「君になら、食べられてもいいよ」
「それは嫌だ」

 思うより先に言葉に出て、驚いた。目の前の男も驚いたようで、ぱっちりとした目がぱちぱちと瞬きをした。

「どうして? ご馳走なんでしょ?」
「嫌なもんは嫌だ」
「人間を食べるのが嫌なの? それとも、俺を食べるのが、嫌?」
「……お前を食べるのは、嫌だ」
「……ねぇ、それってさ、俺のこと、少しは好きなんじゃない?」
「……知るか……」
「好きになって欲しいよ、好きになってくれたら、本当に本当に嬉しい」

 頭の中がぐるぐると回り、背中に汗が伝う。

「食べるのは嫌なんだよね、じゃあ、キスは?」
「き……っ……」
「嫌?」

 言葉が出ない。さっきも思った。嫌では、無かった。だけど嫌じゃないなんて言ってしまったら、それはもう告白に応えたも同然だ。料理を褒められ、好きだと言われただけなのに。俺は、こんなにもちょろい男だったのか?

「分からないなら、しても、いい?」
「……だめだ」
「ほっぺは?」
「……もう、勘弁してくれ。続きは明日……朝になってから聞いてやる」

 頭が回らないのを、深夜のせいにした。

「分かった。ねぇ、一緒にベッドで寝ようよ」
「断る」
「何も、夜這いしたりしないよ? ちゃんと許可取ってからじゃないと大問題だからね」
「夜這いって……」
「その場合は勿論、俺が受け側」
「……お前もう元気だな? ソファーで寝ろ」
「あれ、さっきまでベッド譲ってくれたのに。でも俺はソファーでいいよ。家主はちゃんとベッドで寝ないとね」

 ソファーへと寝転ぶ男に、タオルケットを投げ渡した。

「……あ、寝る前に歯、磨けよ」
「恐ろしく面倒見が良いんだね。でも歯ブラシなんて持ってないよ」
「予備がある。使っていい」
「いいの? 名前書いちゃおうかな」
「……勝手にしろ」

 

 ふと、目を覚ました。瞬時に、寝る前のドタバタが思い起こされ、夢であればと願いつつ、ソファーに目をやれば男はすやすやと眠っていた。
 水を飲もうと台所に向かうと、コップに入っている歯ブラシが目に入った。柄の部分が下になっている。あいつ、本当に名前書いたのか? 軽い気持ちで手を伸ばして、直前で止めた。
 知って、どうする? 知ってしまえば、何かが変わる。日が登って、何も聞かずに答えずにこいつを追い出せば、何も無かったことになる。

 岐路に、立たされている。選ぶのは俺だ。森の中でお前を見つけた時も迷った。迷った挙句、連れて帰った。弱々しい子猫だと思っていた生き物は、狼だったようだ。

「……狼なら、俺と同じじゃねぇか」

 気持ちに応えたら、ずっとここに居て良いと伝えたら、こいつは喜ぶのだろうか。悲しい顔よりは、喜ぶ顔が見たいと、思った。そうなのであれば、必然的に追い出すなんて出来ない。いや、もう会わないのなら、別に傷付けてもいい。
 喉に何かがつっかえたような苦しさを感じる。感じたことのない、苦しさ。困った、どうしよう、でも嫌悪感は無くて、心臓が少し早く音を立てる。

「……好き、って……なんだ……?」

 この時の感情が、紛れも無く『好き』であることに俺が気付くのは、ずっとずっと、先の話だった。

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