【まくら✖ざぶとん】⑩『築地築城』
はてさて季節はすっかり春めいてきてはおりますが、このまくらはまだ冬なら季語も冬でお送りするのは今日の一席、登場するのはおなじみそば屋のせがれで舞台となるのはこのところ何かと巷を騒がせてる築地市場だ。
移ルンですか移ランですか宙ぶらりんの空中楼閣と化してるそこは異世界の異空間、さながら築地市城と記してもよさそうなところ。すっかり観光地の趣きただよう城外ならまだしもディープでドォープな商売人たちの集まる城内にゃ門外漢ならぬ場外漢、おっと違った城外漢はそうそう奥の奥まで入れやしねぇとくりゃ、そば屋の仕入れにシッポ振ってついてってみるわけだ。
水産物運搬用の特殊車両ターレーが城内をところ狭しと行き交うさまは縦横に斜め無尽、交通整理なんて言葉はこの城の辞書にゃ載っちゃいねぇ。強気に操縦するのは決まって角刈りに鉢巻きの強面業者だが、おどおどしてぶつかりそうになるやつはヘターレー、当たるなら当たってみろよほどどぎす、右向こうが左見ようがどいつもこいつも威勢のいい場所柄に合わせて、反り返ること伊勢エビの如く胸を張って堂々と歩くのがこの城の不文律。
城内の勝手知ったるそば屋のせがれ、水産先案内人を務めりゃ得意げに。
「そこのおっちゃんとは仲良しでよう」
「あそこのおばちゃんに気に入られててな」
えらそうにのたまった次の瞬間にはヘターレーな虫が顔を覗かせて、いつか取り引きを取りやめたエビ屋の前はビビって通れず、さっきの威勢は虚勢、伊勢エビの如く反り返らせたのは胸までで腰はへっぴり腰の及び腰。
そそくさと迂回した先のお目当ては牡蠣だ。冬期限定の献立に牡蠣そばを出すからには牡蠣いれどき、度胸がない代わりに愛嬌を前面に押し出して仲卸に授かるは冬なのに牡蠣講習。男は度胸、なけりゃ女の愛嬌借りて、オネェは酔狂ときたら子供と半人前は勉強でもしてろってか。
仕入れを済ませりゃ城内の食堂でがっつり朝メシを食らうのが定番よ。移転騒動で市城の前に城内の食堂の店主がよそに移っちまったようで、前はもっと活気があっただの味が落ちただの、肥える一方の腹に対して舌は一向に肥えちゃいねぇそば屋のせがれの生意気はもちろん気に食わねぇが、空宙にぶらりんと浮かされた古城のほうは気の毒に世の移ろいの割を食ったようで、城外漢の手前は他人事ながらも城内のお国情緒を想ってここで折句を一句。
空咳の
きかれて久し
築地より
はるばるゆかぬ
立ち退きぞ思ふ
どうれ見事に伊勢エビ物語は東下りの段、牡・蠣・つ・ば・たってわけで世相をバッサリ斬り捨て御免!