【まくら✖ざぶとん】⑪『婚活武士』

ちょうどWBCで侍ジャパンが世の中を騒がしている折、戦国時代のお侍、武藤十兵衛が時空を超えて現代東京に見参した小噺をここで一席、今日び時間旅行ものも巷にありふれてるなら細かい背景はまるっと省略、幕末の武士がスマホ端末を手に婚活アプリをはじめたところからはじまりはじまり。

真剣白羽取りのほうが得意ぜよ、と思ったか思わなかったか、紋付き袴にちょんまげ姿の武藤十兵衛がしかつめらしい顔の自撮り画像をひとたび登録するや、うら若き乙女たちの画像が次から次へと表示されること表示されること、血沸き肉躍る興奮に思わず武者ぶるいして、一言のつぶやきを載せる欄には「皆の衆、出合え出合えィッ」っと一気呵成の掛け声を入力だ。

いつ文通がはじまって、いついつ逢引きに至るのよ、ウキワキと胸を浮き沸き立たせる十兵衛のプロフィール画像は時代錯誤の様相、いいね！をもらえたコスプレイヤーと相見えるのは十兵衛の望むところではなく、好むところである貞淑で薄化粧の乙女からは現代男子と両天秤でふるいにかけられることまことの武者ぶるい。マッチングせず業を煮やせば郷に従うほかなく、時間旅行の恥はかき捨て、軍師さながら新手に奇手、奥の手を繰り出す。

まずは登録名を漢字表記の十兵衛から平仮名遣いの「じゅうべぇ」に変更。いいね！をくれる乙女の数がたちどころに増えた。
続けて武士の誇りであるはずのちょんまげをほどき、立ち読みした雑誌に載っていたレゲエスタイル風に髪を結わいた画像に更新すれば効果覿面。
いいね！をくれる乙女の数がことさらに増えた。
きわめつけの切り札は自撮り動画の投稿だ。携帯会社のＣＭで三線を弾き語る浦島太郎の姿を観て、心得のあった三味線で真似てみた動画を投稿。
いいね！をくれる乙女の数は右肩上がりに増えた。

あとは好みの乙女を選べばさあマッチング。相手の顔を知らずとも祝言を挙げるのは戦国時代から来た十兵衛の十八番だが、ここ現代日本ではまず会わないことにははじまるものもはじまらず。

いざ意中の乙女と待合わせの顔合わせ、レゲエスタイルはどこへやら紋付き袴のちょんまげ侍仕様で繁華街に参上すれば、虚飾が通じたのもアプリの上まで、会えば会ったでたちまち十兵衛の時代錯誤ぶりを露呈。

侍キャラに固執する食い気味な十兵衛にのっけから引き気味のお相手を三歩後ろに従わせ、デパートをのっしのっしと闊歩しちゃ、けっ、こんな薄っぺらい反物がこんな値すんのかい、と武士は買わねど低値踏み。

上層階のレストラン街で天婦羅を食らえば、海老天の大きさから相手の言葉づかいに箸づかい、行儀作法全般に至るまであらいざらいあら探しして駄目出しに次ぐ駄目出し、武士は食ったら高調子の如く武士の情け容赦なく真剣を当てこするように斬って斬って斬り捨てることまさに快刀乱麻、相手の乙女も怒るに怒った怒り心頭滅却できずに侍もまたうざし、これぞまことの傍若武人ってわけで、此度はどうかご勘弁願いたい。