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ニューオーリンズのルーツを探るクラリネット - クラリネットジャズ紹介12

12回目はEvan ChristpherのAlmost Native

まずジャケットを見て頭に大きな?を浮かべてしまう。そしてアルバムのタイトルに添えられるポップな絵文字。絵文字?
そっけなくペタペタ並べられた画像には統一感が全くないように見える。凱旋門とマラカスとお城と椰子の木とを並べて「Almost Native」とはどういうことだろうか。ひととおり混乱したところで再生を始めると、不可解なジャケットとは対照的な親しみやすい音が流れ、もう一度頭を悩ませることになる。クラリネットとピアノのデュオという聴き慣れたかたちの演奏であるはずなのに、なんだか理解できていないような気がして悔しくなる。

「Music from New Orleans & Beyond」とあるとおり、このアルバムは、ニューオーリンズのジャズ、そして他のいろいろな地域の、リズムにちょっとした癖を持つ音楽たちを取り上げたデュオアルバムだ。伝統的なニューオーリンズのジャズを背景に持つミュージシャンらしく、Tom  McDermottのピアノも、Evan  Christpherのクラリネットも、ジャズが芽吹いた時期を思わせるようなメロディックさ・リズミカルさがある。音程がしっかりあって軽やかに嵌めたり揺れたりする様子は軽快で、シンプルな華やかさある。その色でいながら、「& Beyond」部分の音楽がただの「ジャズアレンジ」になるわけではなく、それでいてジャズを消すわけでもなく、1つのアルバムに同居しているのがこのアルバムの不思議なところだ。

このアルバムでは一見ばらばらに見える3方向の音楽がミックスされている。中南米のリズム由来の音楽たち、フランスのミュゼット、そしてアメリカの音楽だ。たとえば1曲目のTango Ambiguoはタンゴだが、音の選び方はどこかクラシカルな感じがする。2曲目のHeavy Henryはルンバのリズムを元に展開していくが、アレンジやソロの取り方はジャズを思わせる。4曲目のLe Manege Rougeは音楽の種類としてはミュゼットで、ジャズやラテンのリズムが入り込む余地などないように見えるが、どこか他の曲たちと馴染んでいる。この不思議な統一感はどこからくるのだろうか。

考えるためのひとつの手がかりが8曲目にある。この曲Tande Sak Fe Loraj Gwondeは、ハイチ語でListen to the One Who Makes the Thunder Roar(雷の轟きに耳を傾ける)という意味を表すらしい。この曲はビギンといって、フランス領西インド諸島・マルティニーク島の2拍子のダンス音楽のリズムを使っている。ビギンは元となったカリブの労働歌の色を残しながら、アフリカ系のリズム、ラテン系のダンスとヨーロッパ社交ダンスの要素をミックスした独自のダンス音楽となりパリで大流行したそうだ。そしてそのとき、ジャズもまたアメリカで黎明期を迎えていた。ビギンはジャズのスタンダードナンバーとしても輸入され、コール・ポーターのBigin the Beguineは大ヒットした。

このエピソードから、中南米の音楽とフランスの音楽、そしてアメリカの音楽との間には何通りものつながりがあるということが改めてわかる。「西洋のクラシックとアフリカ系のブラックミュージックのリズムが混ざってジャズができた」「ジャズは南米のリズムを取り入れて多様化した」などという単線的なつながりだけでは説明がつかない。同時多発的に文化と文化が衝突して無数の新しい音楽がうまれ、その渦の中でジャズが浮き上がってきたのだろうと予想される。ニューオーリンズ発祥と言われるジャズも、ニューオーリンズで突如1+1=2のように湧いて出たものではなくて、ルーツとなりうる文化が複雑に存在する。このアルバムは、そのようなルーツをニューオーリンズ・スタイルでできるだけ丁寧にほぐしてみるひとつの試みだったのではないだろうか。カリブの音楽を通してフランス音楽が自らに与えた影響に着目し、なおかつ演奏で説得力を持たせているところが、彼らの解釈の大きな特徴といえるだろう。

そう見ると、アルバム中のアメリカの音楽も、ニューオーリンズ・ジャズをまっすぐやるのではなく、ルーツとしての選曲になっていることに気づく。ゴスペルやブルース、ラグタイム風の音楽はまさにジャズ前夜の音楽として知られている。そして10曲目のMarch of the Pony Girlsがここに陣取っているのも合点がいく。ニューオーリンズ・ジャズに直接的な影響を与えたのはやはりマーチ、軍楽であるのだろう。トラッドなマーチの構成の上に、シンコペーションやクラリネットのオブリガードを加えた楽しいアレンジの1曲だ。

このアルバムでは、単にルーツとなった音楽を探してを再現するだけではなく、それぞれの音楽を現代のニューオーリンズ・ジャズの立場から再解釈して演奏しているような気がする。ジャズっぽいオブリガードだったりスウィングのリズム、ラテン系の明るくて少しかなしいフレージング、西欧由来の構成や進行のはっきりした音運びなど、それぞれのリズムの曲をよく探すとそれ自身ではないような要素を見つけることができる。まるで、それぞれの音楽に潜むジャズを見つけてニューオーリンズからフィードバックしているみたいに。音楽が変化してきた時間を巻き戻すのではなくて、変化を肯定して取り込んでいる感じがするから、すべての曲が馴染んでいるような不思議な統一感が得られるのだろう。

一見ポップにみえるクラリネットのちょっと戯けたような伸びる音色と、ピアノの軽やかなリズムの弾きわけとが、思っていたよりたくさんのことを語っていたことに気づく。自分の中ではジャケットの混乱が一部解けたような気がしているが果たしてどうなのだろうか、と思いながら今日も再生してしまう、お気に入りのアルバムだ。


アルバムのうち何曲かをジャズフェスで演奏している動画。

Tande Sak Fe Loraj GwondeがBeguineというリズムである、ということは以下のレビューで知った。
https://www.allaboutjazz.com/almost-native-tom-mcdermott-threadhead-records-review-by-louis-heckheimer


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