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「本当に人を愛したことがないんだ」『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』感想

スーパーでバターを買って帰ったら、冷蔵庫にはもう一つのバターがありました。メイテイです。
なんとなく見に行った鬼太郎映画で、思っていたより食らってしまったので、書き残しておきます。

和ホラーと昭和と鬼太郎

和ホラーの要素をふんだんに持っており、日本色の彩色が鬼太郎の世界観によくマッチしています。白粉顔の時麿だったり、歌舞伎っぽいお面も。
そして、電車内で会社内で部屋の中で煙草を吸いまくる水木。令和では考えられません。時代背景がすぐに分かるように描写されていますね。

川井憲次の音楽が終盤に向けて盛り上げ、あのクワイアだったりオーケストラだったりが、全力で緊迫感を表現していました。
こう書くと和物に合わないような気がしますが、川井憲次はイノセンスの劇伴も担当していることから、琴っぽい音もイケるのを劇中で思い出しました。素晴らしい劇伴だったように思います。

メイテイは特にゲゲゲの鬼太郎のファンではなく、アニメをかじる程度にしか見ていません。が、物語はたいへん分かりやすく作られており、むしろこの映画からアニメ鬼太郎、漫画に入ってもいいように思えました。

「本当に人を愛したことがないんだ」

本題です。
第二次世界大戦を経験した水木は、力がないものは踏みにじられると知りました。そこに理屈はなく、クソみたいな動機、思考停止の論理にが支配する世界です。それだけではなく、帰ってきてから母が親戚に騙され、一文なしであることを知ります。
端的に書くと、どうしようもなくひどい目に遭っています。

物語中盤、ゲゲ郎が持ってきた天狗製のお酒を飲みながら、水木は「だから力が欲しいし、そのための手段は選ばない」と語ります。
紗代に嘘をついていると問い詰められても、「子供が考えるいっときのもの」だと、まともに取り合いません。
そこでゲゲ郎は、妻の惚気話をしたあと、こう返します。

「本当に人を愛したことがないんだ」

うーん。食らってしまいました。これはバッド入ります。

エーリッヒ・フロムの「愛するということ」を読み直さなければならないと感じました。
しかも、特段、斬新なセリフではありません。というか、よくある言い方です。無機質なタイプの主人公はこうやって馬鹿にされることが多そうです。

メイテイは恋愛を無機質に捉えるクセがあり、関係性を財産のように管理しようとします。たとえば、恋人を探すとき、複数人に同じアプローチ方法を試して反応の違いを測ったりします
付き合いの長い友人にそういう話をすると「メイテイには人の心がない。メイテイは本当に好きな人に会ったことがないんだ」と言われたこともあります。

そう、「本当に人を愛したことがないんだ」とほとんど同じ言葉です。

本当に好きになるとはなんでしょうか? 偽りの愛と、本物の愛にはどんな違いがあるのでしょうか? まるで運命的な出会いが愛をコントロールしているかのような言い方は、無責任ではないでしょうか?
そんな疑問を感じつつ、どうしても反論しきれません。自分が知らない世界が、言葉の向こう側に広がっているように感じます。

思わぬところで食らってしまい傷口ができたので、出来立てのかさぶたを剥がしたくなります。そこで旧劇場版エヴァを見直しました。あの悪名高い「まごころを、きみに」です。「僕に優しくしてよ」のシンジが見たくなったからです。

サードインパクトを起こす直前のシンジの心中を描くシーン。ミサトの部屋で、俯いたアスカにシンジは懇願します。
「アスカ、助けてよ。ねえ、アスカじゃなきゃダメなんだ」
舐めた態度のシンジに対して、アスカは怒りをあらわにして返します。
「あんた、誰でも良いんでしょう。ミサトもファーストも怖いから、お父さんもお母さんも怖いから、私に逃げてるだけじゃないの」
立ち上がり、シンジを壁まで追いやります。
「ねえ、僕を助けてよ」と言い続けるシンジ。アスカは頼りないシンジを無視して、言い放ちます。

「本当に他人を好きになったことなんてないのよ!」

メイテイは戦争からすんでのところで逃げ延びたり、母が親戚に騙されて一家が無一文になったりはしていません。
が、どうしても水木を他人だとは思えません
劇中での水木とゲゲ郎のやりとりは、ゲゲ郎が次第に水木を信頼していく過程を見事に描いていて、向上心や貪欲さに、紗代が惹かれるのも分かります。胡散臭いながらも、人を惹きつける魔力があることがスクリーンから感じ取れます。

水木は貧乏くじを引かされ続けた結果、運や他人をアテにすることができなくなったのです。それは悲劇であり、救いようはありません。肩代わりできるとすれば両親だけですが、当の両親はさらにひどい貧乏くじを引かされています。

水木の物語は万人受けする話ではないように思いますが、貧乏くじを引かされ続ける人間の苦しみが、そこには描かれています

Answer: 本当に人を愛した場合

さて、人間関係をポートフォリオとして管理していたメイテイは、半年経った現在、この教訓を活かして人格を大改造しました。
一転して損得で人間を切り分けなくなり、過去と比べれば、一途に生きる健気な人間として振る舞えるようになっています。つまり、「本当に人を愛したことがある人間」です。

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