『ウラル山脈の向こう側』

5月1日水曜日。陰鬱な雲にしんしんと静かに降り続ける雨。感覚過敏の私にとって天気の悪い日は世界の彩度が一段と落ちて感じられ、セロトニン不足の私に追い打ちをかけるようにどんよりとした気分にさせる。先月初旬のような春の澄み切った晴天に淡色の桜が織りなす彩度の高い季節は終わりを告げ、冬の終わりに別れを告げたはずのモノトーンな季節が梅雨として忍び寄ってくるのを感じる。

そんな天気の中で嫌々に外出をした私は、近所の診療所で処方箋を受け取り広尾駅前の調剤薬局へ足を向けた。

外苑西通を行き交う車の走行音や雨音が気になった私は、ノイズキャンセリングに優れたソニー製のヘッドホンをさっと耳に当て、Spotifyでボロディンのオペラ「イーゴリ公」より「韃靼人の踊り」を再生した。オーボエのソロパートに始まるもの寂しげな旋律は、打楽器と弦楽器を中心とした雄弁で自信に満ちたパートを経て、弦楽器を中心とした楽器群によって壮大な形でリフレインされる。そんな壮大な曲に聴き入った私は、ウラル山脈西方に散らばる韃靼人たちが辿ってきた歴史に思いを馳せ、国民国家を持てなかった彼らによる踊りは、韓民族にとってのアリランのように、民族の誇りに悲しさが忍び込んだ作品であろうかという印象を抱いた。


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