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#映画感想文301『僕らの世界が交わるまで』(2022)

映画『僕らの世界が交わるまで(原題:When You Finish Saving the World)』(2022)を映画館で観てきた。

監督・脚本はジェシー・アイゼンバーグ、出演はジュリアン・ムーア、フィン・ウルフハード、アリーシャ・ボー。製作にはエマ・ストーンの名前もある。

2022年製作、88分、アメリカ映画。

エブリン(ジュリアン・ムーア)はDVシェルターを運営しており、女性や子どもたちを守るために日々働いている。妻であり、母親でもあるが、生活の中心は家族ではなく、シェルターの仕事である。おそらく、収入自体はそれほど多くはなく、夫の収入によって一家の生活は支えられているだのと思われる。

一人息子のジギー(フィン・ウルフハード)は高校生で、作詞作曲をしてギターをかき鳴らしライブ配信の投げ銭で収入を得ている。二万人のフォロワーがいることが彼のアイデンティティにもなっている。両親には自分の音楽活動は理解されていないようだが、世代が違うのだから仕方がない。ただ、高校で片思いしている女の子のライラが、全然自分に見向きもしてくれないことには、やきもきして、フラストレーションを感じている。ライラはアメリカの覇権主義、植民地主義を批判し、環境問題も解決したいと考えている。しかし、彼女は意外と現実的で急進的な方法ではなく、啓蒙活動をして、徐々に人々の意識を変えたいと考えている。かなり頭のいい女の子で、ライラの話すことは、政治も歴史もわからないジギーにはちんぷんかんぷん。しかし、ジギーは思春期の男の子であり、面倒なことはすっとばして、はやく彼女と距離を縮めたい。ライラにしてみれば、ジギーはちょっとストーカーっぽい。

ジギーはエブリンに「政治的なことを話せるようになるためにはどうすればいい」と質問する。日頃のジギーの態度に腹を立てていた彼女は「知識や教養を身につけるのに近道はない。人の話を聞いて、本を読みなさい」と説教してしまう。ジギーは「ショートカット(近道)って言うんじゃねえ」とブチ切れる。

エブリンはジギーのことが理解できないわけではないのだが、共感したりはしてくれない。包容力のある母親ではない。車の中では大音量でクラシック音楽を聴き、自宅では息子のギターと歌声にうんざりしている。

心がささくれだったエブリンのところに、DVから逃れてきた親子がやって来る。その息子はちょうどジギーと同年代で、母親を大事にしており、とても思いやりがある。エブリンは賢い少年に愛情を注ぎたい衝動を抑えられなくなる。ストーカーっぽくなる息子と同様、母親もしつこくしてしまうところが、親子たるゆえんか。エブリンは、その少年を大学に進学させようと、あれこれ暴走気味に調べ始める。しかし、少年の母親に大学進学を拒否され、本人にも「大学には行きたくない」と翻意されてしまう。DVをした父親の自動車修理工場で働くからいいのだ、という。それはあきらめではなくて、階層の問題なのだろう。家族で誰も大学に行っていないのであれば、学位の価値はいまいち理解できない。それに、エブリンからすると、母親にDVをした父親と一緒に働こうとする少年の行動もよくわからない。しかし、家族は共依存的であるから、そのような進路を選んだとしても、それほど不思議ではない。ただ、最後に「大学に行かなくても、シェルターにいさせてもらえますか」と少年に聞かれ、エブリンは自分の持っている権力をはじめて自覚する。この少年が、わたしに愛想をよくしていたのは、わたしがシェルターの管理者だからなのだ、と。

自分自身の立場と権力性を自覚し、青ざめたエブリンはシェルターの事務所に戻り、息子のジギーのYouTubeを見始める。

一方のジギーはライラにこっぴどく振られ、母親のシェルターを訪れ、写真や新聞などの切り抜きから母親の足跡を知る。そこには自分の知らない母親の活躍がある。

最後の最後に、母親と息子の世界が交わることを期待させて、この映画は終わる。

ジギーが歩いていると、何度か「self serve」という店の看板が出てくるのだが、自分で何とかしろよ、というメッセージであり、少年に対して厳しいなとも思った。

見方によっては、「痛い親子」なのだけれど、親子だからこそ、その痛さ(父親が言うところの自己愛の強さ)が似ている。ただ、傷ついた母親と息子が少しだけでも成長したのだろうと感じさせてくれるラストは、清々しい。

『ソーシャル・ネットワーク』でザッカーバーグを演じたジェシー・アイゼンバーグが監督した作品であり、奇をてらわず、シンプルな作品に仕上がっており、彼の次回作もぜひ観たいと思う。


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