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#読書感想文 ミランダ・ジュライ(2018)『最初の悪い男』

ミランダ・ジュライの『最初の悪い男(原題:The First Bad Man)』を読んだ。

新潮社から2018年8月に出版された長編小説で、翻訳者は岸本佐知子さん。

積読状態で、ようやく読了した。何度か読みかけては挫折していた。小説というのは不思議なもので、頭にすっと入ってくるときとそうでないときの差が激しい。

わたしは映画の『君とボクの虹色の世界』で、ミランダ・ジュライを知った。

恋愛映画のようで恋愛が描かれていないような不思議な作品だった。愛されたい人に愛されない切なさと絶望が描かれていると、その当時に強く感じたことを今でも覚えている。それほど欲深いつもりはないのに、受け容れてもらえない。タイミングや近づき方がよくない。恋愛の華やかではない、格好が悪く、気まずい側面が描かれていた。

映画監督としても、作家としても活躍しているミランダ・ジュライは、不思議ちゃんのように見せかけて、現実の社会をシニカルなまなざしを持って見ているし、社会構造と真正面から対峙せざるを得なくなる人々を描いている作家だと個人的には思っている。

『最初の悪い男』の主人公であるシェリルは独身の43歳の女性で妄想癖がある。頭の中では男性になって女性に欲情する。そういうファンタジーに囚われているのか、趣味として楽しんでいるだけなのか。カウンセラーに相談もしているので、それほど深刻ではないと思われるが、彼女は頭の中だけで大冒険をしている。でも、これってシェリルに限ったことではない。わたしだって、誰かとの恋愛を妄想し始めて、離別の瞬間まで想像したりする。ちょっとしたお遊びだ。誰も傷つかないし、傷つけない。

完結した一人暮らしをしていたシェリルのもとに、二十歳の妊婦のクリーがやってくる。はじめのうちは喧嘩をして、敵対をして、距離が近づき、恋をする。出産を終えたクリーは息子のジャックをシェリルに任せ、また新たな恋へと漕ぎ出していく。43歳のシェリルはどうなっちゃうのよ、と。シェリルはどうにもならない。傷つき、喪失感を味わいながらも、クリーの子どもであるジャックに愛を注いでいく。

訳者である岸本佐知子さんの帯コメントが最も端的にこの物語を表している。

これは彼女が自分の脳内世界の城から出て、現実世界に、そして自分の肉体と心に到達するための冒険物語、大人の成長譚なのだ。

『最初の悪い男』岸本佐知子さんの帯コメントより

23歳も年の違う相手と恋愛はできるかもしれないが、中長期的な関係性を築くのは難しい。若い人にとって、年上の恋人はスペア、あるいは選択肢の一つに過ぎないのではないか。寿命が六十歳だったとしよう。二十歳の人にとって、ある恋に一年を費やしたとしても、四十分の一の出来事だが、一方、四十を過ぎた人からすれば、二十分の一の出来事になる。比較すると、重いのだ。新しいことを学ぶことは減っているのに、物事の重みは年々増していく。時間とは誰にとっても同じはずなのだが、当人が持っている精神性や身体性による体感や実感は異なっている。次から次へと浮気を繰り返す男性は性欲のみならず、焦燥感と闘い、何かに追われているのだろう。その時間感覚は当人にしかわからないし、もしかしたら当人にすら、わかっていないものなのかもしれない。

シェリルとクリーが持っている時間の意味は大きく違う。それだけでなく、性格も教養も、性的志向も、物事に対する捉え方も、全然違う。ただ、物理的にそばにいた人に徐々に近づき、離れてしまっただけなのだ。(学校や職場で恋愛するのと本質的にはそう変わらない)

クリーが家を出て行っても、シェリルは狼狽したりはしない。自分が43歳の中年女性であることを知っているし、クリーを愛し続けることが難しいこともわかっている。そう、衝動的なのは、クリーだけでなく、シェリルだって同じなのだ。

年を取ることをネガティブに捉えるべきではない、という考え方がある。その意味はよくわかる。個体として、生命力は徐々に弱まっていくがが、知識や習慣、図太さでそれを補うことができる。仕事においても、人間関係においても、スキルがある。若者にある特権とは、みなぎる生命力と時間という名の可能性である。しかし、若者が可能性をうまく扱えるとは限らないし、将来という名の膨大な時間に押しつぶされてしまうこともある。

何でも年相応にすべきだという考え方の人もいる。〇〇歳までには初体験を済ませ、〇〇歳までには結婚と出産をして、というライフプランも悪くはない。でも、そのような他者込みの計画がうまくいくとは思えない。(自分のことだけでも、人生はままならないのだし)

ただ、わたしたちは、年を取ってからも、新しい感情をいくつも学ぶことができる。凍えるような居心地の悪さ、耐えがたい悲しみ、信じられないような愛おしさを知ることができる。年相応などという社会通念とは無関係である。変化は好むと好まざるとに関わらず、やってくる。勝手に決めつけないで、受け容れられる人間のほうが、きっと豊かに生きられると思う。


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