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#映画感想文287『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(2023)

映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン(原題:Killers of the Flower Moon)』(2023)を映画館で観てきた。

監督はマーティン・スコセッシ、脚本はマーティン・スコセッシ、エリック・ロス、出演はレオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロ、ジェシー・プレモンス、リリー・グラッドストーン。

2023年製作、206分、アメリカ映画。

公開初日に観ていたのが、あっという間に1週間が経過してしまった。

3時間30分の大作で、時間の長さを感じさせない、などというレビューも見たが、3時間半は3時間半である。それ相応に長い。

舞台は1920年代のオクラホマ州オーセージ郡で、先住民であるオーセージ族は不毛の土地であるオクラホマへ追いやられていた。ところが、彼らの足元には石油が埋まっており、そこの住民たちは働かずともよいほどの富を得られるようになってしまった、というところから、物語は始まる。

アーネスト・バークハート(レオナルド・ディカプリオ)は戦争から帰還した元軍人で、伯父のヘイル(ロバート・デニーロ)を頼りに、オーセージにやって来た。

アーネストは巨大な空洞を抱えた男である。

冒頭、列車で駅に到着すると、男たちの喧嘩騒ぎが起きている。そこに便乗して後ろから、知らない男を小突いたり、殴ったりしてへらへらしている。そこには深い考えや悪意はない。お調子者であさはかなだけ。ただ、それが事態をどんどん悪い方向に進めていく機動力となる。

当事者なのに、なぜか他人事というシーンがこれでもかと続く。オーセージ族の奥さんの一家を乗っ取り、財産を奪うために殺そうとしているのに、無邪気に奥さんを愛して、新しい子どもを作ったりもする。一体全体どうなってんだ、と観客は伯父のヘイルと同じ気持ちになる。アーネストの行動にはまるで一貫性がなく、どうにもこうにもとりとめがない。

サイコパスなのではなくて、何も考えていない。教育を受けておらず、教養がなく、権威に弱く、伯父に対する依頼心が強く、行動が全部場当たり的。妻や子どもを愛している自分もいるのだが、伯父に言われた通りに、インシュリンに毒を混ぜて、糖尿病の妻をさらに苦しめることもやってのける。妻を看病しながら、妻の死を祈るほどの悪人でもない。妻の看病もそれなりに頑張っている、その場その場では。でも、伯父さんに言われているから、仕方ないや、といった感じで、伯父の指示通りに妻殺しも、日々やっているのだが、どこか現実味に欠ける。超無責任な男なのだが、巨悪ではない。どうしようもなく空虚でがらんどう。自分の頭で考えずに悪事を起こし、人を傷つけ、害を及ぼす。しかし、自分が悪であるという自覚に乏しい。そこが周囲に自分を「キング」と呼ばせていた伯父のヘイルとの大きな違いである。

ヘイルは金のために詐欺や搾取をすることを当たり前に考えている。すべては金のため。時々、寄付をして、子どもたちのバレエ教室を作ったりして、地元の人間たちを懐柔していくのだが、その金はどこから手に入れたものなのか。彼らから略奪したものではないか。

次々と殺されていくオーセージ族の人々は、それほど人を疑ってはいないのだ。そこにつけこまれ、白人に殺されていく。スコセッシは白人を「悪」として描いている。それはアメリカ大陸にやってきた人々が先住民から土地を奪ったことも含めて批判的に描いている。

アメリカ本土、ハワイ、オーストラリア、ニュージーランドの白人たちが我が物顔でいるのを見ると、「おまえら、もともと住んでなかっただろ」と、密かにツッコミを入れてしまうのだが、それを言い出すと中南米大陸の血なまぐささがより際立つ。先住民とラテン系ハーフのような顔立ちの人々、男は殺され、女は強姦されたという歴史がそこにはある。(日本にも、渡来人が琉球、アイヌの人々を辺境に追いやった歴史がある)

原作は小説ではなく、ノンフィクションで、このオーセージ族の連続怪死事件を捜査した組織がFBIで、FBIの誕生秘話にもなっている。ゆえにスコセッシは、FBI視点で二年かけて脚本を書いていたらしい。ディカプリオに読ませたら、「この映画の核ってどこにあるの?」と言われてしまい、素直に書き直したらしい。映画偏差値だけは誰よりも高いレオ様だから、その指摘は妥当だったとは思うのだが、FBI視点の映画も観たいよね、と思ってしまった。だって、この事件にはFBIの初代長官のフーバーも関わっている。そういや、そのフーバーを演じていたのはレオ様だった。

スコセッシが最後に出てきて、ビビった。しかし、その演出はこれはフィクションじゃなくて、実際にあったことなんですよ、ということを強調することに成功しており、悪くない演出だと思う。ヒッチコックもよく出てきたし、シャマランがノリノリで出てくるのと比べると、スコセッシは独特の内向性を抱えているように見える

いやはや、80歳で傑作が作れるって、本当にすごい。ポール・バーホーベンは85歳か。イーストウッドは93歳。長生きしてみるもんだね。

そして、リリー・グラッドストーンは、誰かに似ていると思いながら、ずっと映画を観ていたのだが、帰宅してから、わかった。

プラド美術館に所蔵されている『ビルチェス伯爵夫人の肖像』である。目元や雰囲気が似ていると思う。まあ、別にそう思っただけの話で、何のオチもない話である。悪しからず。

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