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ジェシー・ベリング(2021)『ヒトはなぜ自殺するのか』の読書感想文

ジェシー・ベリングの『ヒトはなぜ自殺するのか』を読んだ。2021年1月に化学同人から出版された本である。

著者のジェシー・べリングは、1975年生まれのアメリカ人で、現在はニュージーランドのオタゴ大学で働いている。

タイトルからもわかるように、自死を選んだ人々の事例があげられていく。著者自身も自殺未遂者として登場する。

この本は読む人を選ぶ。今、死にたい気持ちでいっぱいの人は読むべきではないと思う。

一般的に自死は社会的階層の高い(例えば高所得者の)人々がそれを維持できず、生活レベルが落ち、それに耐えられなくなったときなどに起こる、という。

第2章では衝動的に自死を選択するのは人間だけでなく、動物もそのような行動をとることが明かされていく。

自死をするのは、この苦痛を終わらせたい、という誘惑にかられてのことだという。それこそが、自死の最大の魅力だろう。生きていくのは、それだけで金がかかり、面倒なことも山ほどある。

第5章の自死を選んだヴィクというシンガポールの女子高校生の圧倒的な疲労感には既視感があった。

自分の成績を上げるために頑張り続けること、成功をしなければならないこと。

彼女の場合、期待値に届かないことに対して嘆いているが、やる前から、疲れ果てている、という印象を受けた。彼女の両親は新聞社で働いており、教育の程度も高く、経済的な不自由はなかった。おそらく、両親に鬱を打ち明ければ理解を示してくれることは彼女もわかっていた。彼女は能力がなかったわけではなく、先進国で急かされて生きること、自分にプレッシャーをかけ続けなければならないことにうんざりしていたのだ。遅れたら、リカバリーも必要だ。彼女はそれもわかっていたのではないだろうか。そして、それは高校や大学だけでなく、下手をすれば社会人になっても、もしかしたら、死ぬまで続くかもしれない。

この本の最後にある、サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジで飛び降り自殺をした男性が机の上に残したメモが象徴的だった。

これからブリッジへ行く。途中でひとりでも微笑んでくれるなら、飛び降りるのはやめよう。
p.320 『ヒトはなぜ自殺するのか』

人は些細なことで自死をしたり、自死をやめることもある。著者が自死を選ばなかったのも、たまたまニュージーランドの大学からオファーが届いたからで、それがなければ、彼はこの世にいない可能性もあった。著者が謝辞で述べているとおり、人生は気まぐれだ

そして、この本で初めて知ったのだが、獣医は自死を選ぶことが多い職業なのだという(p.232)。ペットの生き死にに関わり、その飼い主たちは自身が感じている精神的苦痛もダイレクトに訴えてくる。開業医が多いから、獣医自身が出勤しなければ収入にならず、体調が悪いぐらいでは休めない。スタッフに給与を払えなくなってしまう、などの気苦労が多く、ストレス過多なのだ。ケアをする人をケアする人が必要なのだ。(動物病院に行かれる方は、ちょっとした差し入れを持っていくだけでも全然違うかもしれませんよ)

この領域の研究者が得てきたもうひとつの重要な教訓は、人を「サクセスフル」にするのは成功体験ではなくて、失敗にどう対処するかだということである。
p.319 『ヒトはなぜ自殺するのか』

生きていれば、おそらく成功より失敗のほうが多い。それに、成功するためには多くの失敗を重ねなければならない。仕事でも、学業でも、対人関係でも、経験を積むためには、失敗は必然なのだ。失敗にどう対処するのか。それを誰も教わってはいないような気がする。誰かに教わった記憶もない。失敗したときにどうするかは、人それぞれで、「自力でなんとかしろ」というメッセージばかりだ。

自分より不幸な人も、幸福な人も、山ほどいるのだが、自死を選択したがっている人には、何の慰めにもならない。

正直にいえば、わたしの対処方法は、時間が過ぎ、記憶や痛みを曖昧にするぐらいしかない。

日々のルーティンが決まっている人々のほうが、自死をする確率が低いと聞いたことがある。することのない暇な時間は、やはり、メンタルにはよくないのかもしれない。

あとは「死にたい気持ちがやってきた」「あ、なんか鬱っぽいな」と一歩引いて、自分の気持ちを眺めると、少し楽になる。客観的とまでは言えないのだが、自分の気持ちと距離を保つ。瞑想と同じ手法で、自分の気持ちを流していく、という感じだ。

今は、てきぱきと物事を進めすぎることも、危ないなと思っている。

本当に、一進一退であると感じている。

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