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映画『犬王』(2021)の感想

映画『犬王』を映画館で観てきた。

監督は湯浅政明、脚本は野木亜紀子、古川日出男の『平家物語 犬王の巻』が原作である。

2021年制作、97分の日本映画、アニメーションである。

わたしにとって、湯浅政明監督は、『マインドゲーム』でも、『夜は短し歩けよ乙女』でもなく、『クレヨンしんちゃん』の人なのである。そして、湯浅政明デザインの『クレヨンしんちゃん』はどちらかといえば、シリーズにおいて逸脱だった。タッチが明らかに違う。でも、それが『クレヨンしんちゃん』という作品のなかにある「自由さ」であり、懐の広さ、深さでもあると思っていた。

さて、『犬王』である。ミュージカル映画と聞いていたので、楽しみだった。わたしは、2021年にミュージカル映画に開眼し、なるべく劇場で鑑賞したいと思っている。

冒頭の壇ノ浦で、友魚(ともな)が失明し、琵琶法師になるまでの描写は鮮やかだった。舞台は室町時代(南北朝時代)の京都である。人々の服装が寒色系であることは、いたしかたあるまい。

視力が奪われた友魚にとって、異形の者である犬王も、ただの他者である。見えないので、友魚は犬王を気味悪がることもないし、怖がることもない。そんな二人がタッグを組んで、敗者である平家の物語を歌うことで、大衆を魅了していく、といったあらすじである。

ただ、正直、肝心のミュージカル部分で驚きがない。

もろに、Queenの『We Will Rock You』の引用があるのだが、本家のQueenのライブのときの大衆の熱狂、そして、フレディ・マーキュリーのボーカルの方が圧倒的にすごいので、『ボヘミアン・ラプソディ』見たほうがよくない? みたいな気分になってしまった。

友魚の歌唱も、日本のロック、フォークなのだが、全然新鮮さがない。観客であるわたしは、室町時代の人間ではないので、「すげえ!」とはならない。(犬王のダンスも同様で、ブレイクダンスも、ロボットダンスも、ヒップホップダンスも、全部見たことあるのよ。そして、こればかりは、生身の人間のパフォーマンスの方に感動するのよ)

そして、肝心の犬王は異形の者であったのだが、大衆に称賛されるたびに、異形ではなくなっていく。それが適応を意味しているのか、脱皮を意味しているのか、わからない。でも、人気者になって、障害から解放され、美しくなった、という展開に、何を学べばいいのだろう。

実はこの映画を観る前に、ミュージカル映画の『ザ・グレーテストショーマン』を観ていた。だからこそ、その描写が好ましいものだとは思えなかった。

「あなたが美しくなければ、まともでなければ、愛されない、認めてもらえない」という話を聞いても、ひとつも励まされない。

異形の者たちが自分自身を受容し、「これがわたしよ!」というさまの爽快感を観たあとだったので、なおさらがっかりした。

結局、犬王は過剰適応して、最終的にはゴールデンボンバーの樽美酒のように姿になり、権力者に召し抱えられる。

犬王が友魚を600年探した友情に涙など出ない。600年探すぐらいなら、斬首される前に助けてほしかった。

権力に懐柔された犬王は生き残り、権力に逆らった友魚は、あっさり殺される。権力に逆らうと痛い目にあうよ、なんてメッセージは、別に令和の日常でも聞き飽きているので、フィクションの中でも、リアリストぶった現状追認を見せられるのは、正直なところ、うんざりである。

反権力であることを大それたことだと言いたいのか。それを意図しているのなら、まだいい。無意識なら最悪。露悪的に権力に従えと言いたかったのだったら反吐が出る。諸行無常は言われなくても知っている。

アニメーションとしてのクオリティは、すさまじいのだと思う。もちろん、能や猿楽の知識がないから、作品を十二分には楽しめていなかったので、わかっていない、と言われればそのとおりだ。

そして、この映画に限らずなのだが、現代の批判的な視点で「昔」が描かれていないのであれば、今の人間が、今の時代に作品を鑑賞する理由がなくなってしまう。

高畑勲は『かぐや姫の物語』を単なる翻案として、平安時代のおとぎ話を焼き直したのか。

エドガー・ライト監督は『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』を1960年代のロンドン残酷物語として、若い女性の悲劇を消費するために描いただろうか。

リドリー・スコットは『最後の決闘裁判』で中世フランスの女性が、不本意に蹂躙される様子、中世ヨーロッパの恐怖を描きたかったのだろうか。

ここにあげた作品は、昔を描いているように見えて、すべて「現代」の社会を描いている。批判的なまなざしは「昔」と地続きである「今」に向けられている。現代の観客に対して、明確に伝えたいメッセージがある。

異形の者が大衆の称賛を浴び、呪いと欠点、障害から解放されて生き延びた、という夢物語より、世間でマイナスとされる要素を肯定して、受け容れて生きる方法を教えてくれる映画にわたしは一票を投じたい。

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