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#読書感想文 角田光代(2008)『おやすみ、こわい夢を見ないように』

角田光代の『おやすみ、こわい夢を見ないように』 (新潮文庫)を読んだ。

角田光代の文章は、あまりに読みやすくて、毎回恐ろしい。一度もひっかからず、ページをどんどん繰ることができる。誰もが知っている平易な言葉を使って、誰も知らない描写に仕上げて見せることができる傑物なのだが、それをひけらかしたりはせずに、こっそりやってのけている。彼女の小説を読むたびに、その手練手管と技巧にわたしはおののく。

本作には7つの短編が収められている。どの短編も日常が壊れた瞬間が捉えられており、どこか不気味だ。何かが破壊されたとしても、わたしたちは日常を続けるために、あえて言葉にせず、大半のことをやり過ごそうとする。絶望、落胆、憤怒といった負の感情をしたたかに味わっている人がこの世のどこかに、確かにいるのだろうと思わせてくれる筆致の強さが彼女にはある。

わたしたちは平然とした顔をして日々暮らしているが、大なり小なり「悪意」を抱えている。それは瞬間的なものから、長期にわたるものを含めて、他者に嫌悪感を抱いたり、憎悪したりする。それを置き場のない感情であり、容易に捨てることができるとは限らない。忘れるまで時間が経つのを待つしかないことのほうが多いかもしれない。

そして、「悪意」とは他者にかける呪いにとどまらず、自分自身にも大きくふりかかるものだ。常識人であることを自認していれば、誰かを恨んでいることを口には出さないだろう。しかし、口にされないことは存在しないわけではない。つまり、目には見えない澱として、世の中に堆積していくのだ。それってすごい怖いことだ。ただ、そのような気持ちを掬える作家、想像してくれる人がいると思えれば、救われるような気持ちになる人もいるに違いない。言語化して、物語化してくれる著者は、巫女であり、イタコでもある。

やっぱり、角田光代はすごい作家なので、どんどん読まないといけない。


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