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私が見た南国の星 第2集「苦しみを乗り越えて」⑭

社員を解雇しなくてはならなかったり、社員の家族のことを気遣ったり、責任者って大変ですね。初恋の人に似た阿浪はどうなるのでしょう。気になります。

阿梅のこと


 数日後、社長からの指示に従うため海南島へ戻った私は、黄秋梅を呼び解雇を告げた。
「阿梅、こんな時間に申し訳ないですが大切な事ですから素直に聞いて下さい。結論から言いますが、今日付けで貴女は会社を辞めていただきます。退職金は出ませんが今日までの給料は支給しますから、後で取りに来て下さい。何か理解出来ない事はないですか」
彼女は、そんな私の話を素直に聞いてくれたが、私の心はとても重くなった。
「はい、わかりました。何も不満はありません、ママ、本当にお世話になりました。これからも、お元気で」
その言葉を聞いた時の私は涙が出そうなくらい辛かった。
「どうして、こんな役を私がしなければならないの。本社の人は、いつも自分たちは良き日本人、良き上司でいたいの。臭い物を自分たちで処理しないで、綺麗なものだけを持ち帰りたいのだ」と思い、腹立たしくなった。馮さんも私の説明を同時通訳する気持ちは辛かった事だと思う。
「馮さん、ごめんね。嫌な役目をさせてしまって」
彼女も辛そうだった。
「いいえ、これが私の仕事ですからお給料をもらっている以上は当たり前の事です」
と言ってくれたが、私には彼女の心中が読めるようだった。
黄秋梅は次の朝早く私の部屋へ挨拶に来てくれた。
「ママ、今から帰ります。身体を大切にして下さい。困った事があれば連絡して下さいね。私に出来る事は何でも協力をしますから」
その言葉の後、彼女は頭を下げて笑顔を見せてくれた。その笑顔がとても可愛く思え、それと同時に寂しさを感じた朝だった。
 社長も、こんな対処だけは避けたかったのだろうが、狂犬に手を噛まれれば、その犬が可愛くても処分をしなければならないのだと理解をした私だった。彼女が去ってからは人事異動のことを考えてばかりいたので、数日間は眠れない日々が続いた。
 

阿浪


そんな数日後の日曜日だった。阿浪がホテルへ葡萄を持って遊びに来てくれた。
「私は葡萄が大好き」と以前、彼に言ったのを覚えていたのだろう。
「ありがとう、一緒に今日はご飯を食べましょう」
と彼に言おうとしたのだが、彼から
「今日は、果物を持ってきただけだから直ぐ帰ります」
と言われてしまった。私が残念そうな顔をしていたのを察したのか、
「夜は温泉に入りに来ますから、またね」
と言って、足早に帰ってしまった。今日は用事があるのだから仕方がない。しかし、何だか落ち着きのない彼が気になった。
 夜の8時半、彼は友達と一緒にホテルへ現われた。温泉まで彼を探しに行った。薄暗いため何処にいるのかわからず、温泉係りに、
「阿浪が来ているでしょう。何処にいますか」
と尋ねると、係りは、
「阿浪は、あそこの岩風呂です」
と指をさして教えてくれた。やっと、彼の姿を見つけた私は近くまで駆け寄り声を掛けた。
「阿浪、こんばんは。今日は友達と来たのでしょう。友達は?」
と尋ねた時だった。岩風呂の中央あたりにいた一人の女性が彼を呼んでいたのだった。
「あぁ、女友達だった」
男友達と来ているとばかり思っていたので、少し驚いた。彼は今まで一度も女性を連れてきたことはなかったので、気をきかせて、
「じゃあ、ごゆっくり」
と一言だけ声を掛けて事務所へ戻った。2時間くらいたって、彼が事務所へやって来て、
「今から、帰ります」
と言った。
「今日は、女の子と一緒に来たのね。恋人?」
と尋ねると、
「あの子は友達です。性格が合わないけど、温泉に行きたいと電話が掛かってきたので連れてきただけです」
と言って帰って行った。阿浪も27歳だから恋人がいてもおかしくない。彼はレベルの高い優しい女性を求めているようだから、結婚に対しては理想が高そうに見えた。やはり子供の頃からの夢だった日本人の女性が理想なのかもしれない。私は、彼に仕事の件で話がしたかったのだが、この日は諦めた。
 それから、一週間後の日曜の午後2時過ぎだった。阿浪から電話が掛かってきたが、私は席を立っていて、電話を受けられなかった。しばらくして事務所へ戻った私に、伝言を受けた社員が、
「ママ、阿浪から電話がありました。夕方ここへ来るそうです」
と報告した。
「珍しいわね、いつもは携帯電話へ掛けてくるのに」
と、馮さんに呟きながら私の心中は、
「今日は、阿浪にホテルの仕事に興味がないか尋ねてみよう」と考えていた。
 その日の夕方、約束したとおり彼がホテルに来た。
「阿浪、今日は忙しくなかったら一緒にご飯でも、どう?」
と、誘ってみた。彼は笑顔で、
「ありがとうございます」
と日本語の返事が返ってきた。三人で一緒に夕食を済ませて、中庭のベンチに座り、綺麗な星を眺めながら、話に花を咲かせた。彼の話は、やはり憧れの日本の事ばかりだった。現在の中国経済や思想については、まったく興味がないようだった。
「いつか、日本へ行ってみたい!そして日本の文化や習慣をこの目で確かめてみたい」
と言い出した。私は、ちょうど良い機会だから彼に転職の意志を聞き、その気があればこのホテルで働かせたいと思い、思い切って彼に尋ねてみた。
「阿浪、いつか日本へ行きたいですか」
卑怯だったかもしれないが、彼が日本に興味を持っていることが分っていたので、海老で鯛を釣ろうと思った。
「はい、チャンスがあれば行ってみたいです。でも簡単には行く事が出来ないのでしょう」と返事が返ってきた。
「今がチャンス!」と思い、「まず鯛が海老を食べたい」と思う事が大切だから、鯛にその気になるように話しを進めて行った。
「日本は中国と違って先進国だから、自分がほしい物は何でも手に入ります。しかし、簡単には手に入りません。まず、日本へ行くための環境が必要だから日本の企業へ就職する事が近道だわね」
と遠まわしに、ゆっくり鯛を釣る事にした。鯛も馬鹿ではない。自分が泳ぐ海に危険がないと判断するまでは泳ぎたくはないだろう。海老を発見しても、その海老が死にそうでは食べたくはない。彼は公務員だから、転職をする事は、荒海を航海するのと同じくらい覚悟が必要なのだ。たとえ、彼がこのホテルへ転職をしてくれたとしても、すぐに日本へ行けるわけではない。もちろん、それは彼の功績次第なのだ。しかし、私には自信があった。彼ならば社長や役員たちも能力を高く評価してもらえるはず、今までの中国人管理者を見てきた本社だから、管理に対してチェックは厳しいだろうが、彼ならば期待に応えてくれると確信していた。
「あなた次第ですが、もし転職をしてこのホテルの仕事をしてくれるならば、私の片腕として働いてほしいのです。もちろん、あなたの役職は副総支配人ですよ」
彼は少し無言になり考えているようだった。 
「ちょっと、待って下さい。今の仕事は僕が途中で辞めてしまうと責任者も困ってしまいます。後任がいなければ辞める事は難しいです。それと、貴州省の母にも同意をしてもらわなければなりませんので」
と言って、彼は予想外の私の話に戸惑いを感じていたようだった。責任感が強い彼のことだから、やりかけの仕事を途中で放棄する事は出来ないのだ。苦労をして大学まで出してくれて、今の公務員という職に満足をしている母の気持ちを考えると決断が出来ないのかもしれない。その後、私は彼に考えてもらう時間を与えることにした。
 
 

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