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私が見た南国の星 第6集「最後の灯火」⑧

ついに、ホテルとお別れの日が来てしまいました。感動的な七仙嶺との別れのシーンが目に浮かぶようです。野村さんはホテルだけでなく、七仙嶺の村の人にとっても大切な人だったということがわかります。

七仙嶺を去る日

 そして、とうとうホテルを明け渡す日がやってきた。大型トラックがホテルの玄関先に止められ、私の部屋と阿浪や馮さんの部屋の荷物が次々と運び出された。その光景を見て、愛犬のレオとジュリーは大きな目をクルクルしながら動き回っていたのだった。この子たちも七仙嶺の自然の中での幸せな生活に別れを告げ、今日からは遠い町で暮らさなければならないのだ。レオは頭の良い子なので、いつもと違うに朝周りの様子に落ち着きがなかった。私が使用していた部屋の備品などは、売却対象外だったので助かった。ベッドも含めて、かなりの荷物を社員たちが運んでくれた。この子たちは、私が七仙嶺を去るというのに、笑顔で一所懸命荷物を運んでくれた。トラックに全ての荷物が積み込まれると、女子社員たちは、
「ママ~!私たちは必ず海口へ行きますから、それまでこの島を離れないでね。さようならは言いません!お元気で・・・」
その言葉を聞いた私は何も言えず、ただうなずく事だけが精一杯だった。ちょうどトラックが出発をする瞬間でした。農道を数人の人がホテルの方へと向かってきた。
「ママ~!出て行かないで。ここを見捨てないで!」
そんな叫び声が遠くから聞こえてきた。私は彼等の気持ちに答えられないので、運転手に早く出発するようにお願いをした。
 トラックは、ホテルの玄関先を出て農道に入った。私は、馮さんや愛犬と一緒に別の車に乗っていた。私には辛くて止まる事はできなかった。トラックの後部から動き出した私たちの自動車は、ゆっくり前方へと進んで行った。すると、その中の一人が道路の真ん中に立ってトラックの行く手を塞いだ。運転手は、慌てて急ブレーキをかけた。
「危ないよ!早く移動して」
と怒鳴った。私も慌てて車から降りた。彼等は、この七仙嶺の農民たちだった。
「ママ!本当に七仙嶺を出て行くのですか?もう、ここには戻ってこないのですか?」
私は無言だった。どうしても彼等の顔が見られなくて、何も答える事ができなかった。「立つ鳥跡を濁さず」この言葉を思い出した私は、
「みなさん!本当にお世話になりました。私は今から海口へ行きます」
と、明るく言った。彼等は不思議そうな顔をして再び私に質問した。
「海口?だったら直ぐ戻ってきますよね」
気が抜けて、笑い出しそうになった。
「いいえ、私は七仙嶺とは暫く会えません。日本へ戻らなければなりません」
すると、また彼等の顔が急に青ざめてしまった。でも、私はこの試練を乗り越えなければならなかった。
「みなさん!本当にありがとう。七仙嶺と、あなた方の事はいつまでも忘れません。お世話になりました」
 長年このホテルで働いてくれた保安係が、彼等と同じ村の出身なので上手に説明をしてくれた。そして、やっと彼等に私の気持ちが伝わった。私は、そんな彼等と笑顔で握手を交わし海口市へと向かった。
 ちょうど保亭県の町にさしかかった辺りだった。荷物を積んだトラックと私が乗っている自動車を見て、前方を走っていたトラックが急に止まった。どうしたのかと思い、阿浪に尋ねた。阿浪は
「公安局の張所長たちです」
私は驚いて車から降りた。彼等には本当にお世話になってきたので、挨拶をしなければならないと思った。最近は彼等も忙しくて、なかなか会う機会が無かった。ホテル売却の事は彼等も知っていたので、あえて説明をする必要はなかった。
「本当にお疲れ様でした。今まで、あなたにはお世話になりました」
本来ならば、その挨拶は私からしなくてはならないのに、所長から挨拶されてしまった。所長は私が七仙嶺に初めて着た時、最初に出会った中国人の役人だった。彼のお陰で、この町の公安局長とも親しくなれたのだから感謝をするのは私の方だった。
「私こそ、数々のご恩は一生忘れません。ありがとうございました」
この時も彼の笑顔は6年前と同じだった。私たちが話をしていると、見る見るうちに人盛りが出来てしまった。この町の皆さんは、私の旅立ちを祝福してくれていた。思えば、昔の人盛りは苦い思い出だが、この日だけは本当に嬉しい気持ちが込み上げてきた。
 そして、暫くはこの町とも、お別れだった。


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