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私が見た南国の星 第4集「流れ星」⑦


松岡氏の暴走


 せっかく馮さんの誕生日だったので、何か楽しい催しでもしてあげたかった。ところが、夕食後に事務所で仕事をしている時、とんでもない電話が入った。その相手は、松岡氏だった。部屋で休息をされているとばかり思っていたので、外線電話と社員から言われて驚いた。
「今、警察に車を止められて違反書にサインがほしいと言われています。でも、サインをしないと言ったら、逮捕するような気配なのです。悪いけど来てもらえませんか」
という彼の話の内容が掴めず、何度も聞き直した。
「松岡さん、一人でお出掛けだったのですか?以前も申しましたが、中国の免許証をお持ちでは無いのですから」
の後は言葉にならなかった。馮さんと一緒に、松岡氏のいる場所まで行くことにしたが、その場所へ直ぐに駆けつけたくても、松岡氏が乗って行ってしまったので、車がない。ホテル近くの道路わきには、オートバイの送迎車があるので、それに乗っていくしかないと思っていると、運よく公安局のパトカーが巡回をしていた。知っている警察官なので、事情を説明して現場まで乗せてもらった。この町では最近、交通指導が大変厳しくなり検問をしている。松岡氏はその検問に捕まってしまったようだった。彼は無免許なのだから大問題だ。低姿勢に謝ればいいものを、
「私は七仙温泉にある外資系ホテルの副社長です」
と違反とは無関係な発言をした上に、警察官の指示に従わないので、逮捕して拘留すると言われていた。
「広州日本国総領事館へは、証拠書類を添えて報告をします」
とても厳しい警察官の言葉だった。松岡氏の態度が非常に悪いと言って、警察官が腹を立てているので、私の謝罪は通用しなかった。いくら私が公安局長と知り合いでも、法律違反は免れない。中国では日本と違って、交通課は独立した部門で、「交通警察」と言い、私を乗せてくれたパトカーの警察とは管轄が違うのだ。警察官は、たまたま阿浪が知っている人だったので、阿浪も謝ってくれた。しかし、警察官は怒鳴ってばかりいて、話に耳を傾けてくれなかった、松岡氏が違反を認めないうえに、松岡氏の彼女まで警察官に文句を言い出す始末で、もう手がつけられない大変な状況になった。
「お前は関係ないだろう。口を挟むな!」
と警察官は彼女にも大声で怒り出した。その様子を見ていた刑事課の警察官も、再び助けてくれた。私たちをパトカーに乗せてくれた警察官二人は刑事なので、口が出せないはずだが、その刑事二人は、この県に貢献された社長の名前に傷がついては大変と思ったのだろうか、何やら警察官同士の話が始まった。10分くらいで話が終わり、少し冷静になった交警の警察官は、阿浪と私に、
「この人は本当に副社長ですか、日本は無免許運転をしても許されますか?副社長たる人が、このような違反行為と公務執行妨害をすることは信じられません。本来ならば、直ぐ手錠を掛けてしまうのですよ!」
と言った。嵐は去ったが、私たちは頭を下げっぱなしだった。しかし、松岡氏は最後まで謝ろうとはしなかったので、恥ずかしさと情けなさがこみあげてきた。
 松岡の最終的な処分は、特別に始末書で許してもらえることになった。彼は、この寛大な処分に対して、やっと納得しサインした。しかし私としては、この処分に対して感謝をしてほしかったのだが、松岡氏に通じることは無く、最後まで謝罪の言葉も感謝の言葉もなかった。その態度を見た警察官は、
「これが日本人なのか!」
と言った。それを聞き、恥ずかしくて言葉も出なかった。松岡氏には、「中国人を馬鹿にし過ぎてはいませんか」と、本音を言いたかった私だった。
 長年の海南島生活で、私は、とても素晴らしい中国人に数多く出会った幸せ者だ。日本人のどこが中国人よりも偉いと言うのだろう。そんな疑問が沸くことも数多く経験した。情がある点では、遥かに中国人の方が立派だと思っている。日本人は中国人への偏見が強く、中国人への信頼感も薄いが、中国人の彼等は一旦友達になれば、本当に身内同様に良くしてくれる。しかし、残念だが社長の場合は、信頼していた中国人に裏切られてしまったことがあり、それは永遠に忘れられない傷跡になってしまった。考えてみれば、中国人を利用した日本人が一番悪いのではないかと、私にはそんな気がしてならない。日本人は、中国人に比べて情が薄い。今回の松岡氏の行動は、その思いをいっそう強めてしまったような気がする。この日の夜は、松岡氏も眠れなかった事だろう。私としては、悪い事は悪いのだから反省して謝罪をしてもらいたかった。
「いくら上司でも、人間としての価値観は別なのです」
と言いたかった。そう思ったら、私自身も情けなくなり眠れなかった。この松岡氏の行動は、せっかく築き上げて来られた社長の信用にさえも傷つくことだと思った。もしも、警察に拘留でもされれば、彼自身も日本の社会生活に問題が生じるだろう。勤務先にも知られて職を失う可能性もある。そんなこともわからない人だとは思わなかったので、戸惑うばかりだった。日頃は人の欠点ばかりを指摘している人なのに、自分の行動は何だろう。今回の不祥事は、多数の中国人に助けられたことを、絶対に忘れてほしくなかった。私は一社員に過ぎないが、人間としての常識くらいは知っている。松岡氏に対して腹立たしい私だった。この件については、今後の業務にも響く可能性があり、現地社員の立場も考えてほしかったと残念でならなかった。


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