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「マザートマト」企画書

キャッチコピー:
混沌の世に、君はなにを考え、なにを思う?

あらすじ:
リラックス効果の高いGABAの含有量10倍のトマトが開発された。世の中はトマトに狂い、GABAに踊らされていく。研究者・阿賀辺はねじ曲がった価値基準を正そうと『マザートマト』を探す旅に出たのだった。現実は正義が通用しないほど混沌としている。

第一話ストーリー

始まりは、ネットニュースのほんの小さな記事だった。
「H大学I研究室・遺伝子操作でGABA10倍のトマトの開発に成功!」

心の安定を求める人がGABAトマトを高値で売り買いする。心の快楽を求めて。それはまるで麻薬のように。
心の安定。人々は現実逃避し、偽りのパラダイスに身を委ね、GABAトマトのもたらす快楽を求める。
人々はGABAトマトを求める。GABAトマトに依存する。厳しい現実から逃避するため。

逃避するため。厳しい現実の問題から回避するため。回避行動は、負の強化。負の強化、強化、強化。

この世の中は狂っている。

トマトのGABAに取り憑かれた金持ちたちは、トマト一個に数十万円を払う。
GABA含有量を増やせ、増やせと、全世界が遺伝子操作トマトの開発に躍起になり、もはやGABA数十倍のトマトまで当たり前となった。
同時に、データをうまいこと改ざんし、いかにも良質なGABAを含んでいるかのような、まがいものトマトや、トマトと偽った得体の知れない赤い野菜が出現したり、食紅を溶かした色水のような真紅のドリンクが、最高級のGABAを濃縮したトマト飲料として売られるようにもなった。
資産家はGABAトマトの研究に投資を重ね、その一方で、世に流通しない特別なGABAトマトを求めて、裏社会といとも簡単に繋がっていった。

最初はGABA10倍のトマト。より心のリラックスが得られる、素晴らしい研究成果だと、事の始まりはその程度の小さな新聞記事だったのに。
それがどうだ。今では歯止めのきかないGABA信仰のように、人の心はトマトの存在に操られている。

H大学I研究室。
研究者・阿賀辺(あがべ)はそんな世の流れを憂いていた。
自分たちの研究は、QOL(クオリティオブライフ・生活の質)を高めるための研究のはずだった。それがいつしか一人歩きをし、犯罪に加担するまでになったからだ。
「このままじゃいけない…」
GABAに左右されない従来のトマトに立ち戻るすべはないかと、阿賀辺は考えた。
「ーーー そうだ! 『マザートマト』を探しに行こう」


第二話ストーリー:

そもそもGABA10倍のトマト研究は、先人・PがT砂漠から持ち帰った『マザートマト』を元株として研究されてきた。その元株はもう研究室に残っていない。
先人・Pの記録によれば、
「過酷な植物採取の旅だった。T砂漠のオアシスから数キロの地点。柱サボテンがギリシャ神殿の石柱の如く並び、生い茂るエアプラント群を踏みしだき、大きく枝を広げるバオバブの木のうろの奥。そこで私は『マザートマト』を発見した。その存在はまるで、星の王子様に登場する薔薇のようであった。私は気高い『マザートマト』とともに過ごし、彼女の信頼を得ることに成功した。ある日、私は『マザートマト』に言った。≪あなたを私の研究に役立てたい≫と。『マザートマト』は私が戻るという約束と引き換えに、その手を差し出し、私に与えてくれたのだ。私は彼女の思いに応えることを誓い、『マザートマト』についての研究に着手したのだ」

なんともファンタジスティックな記録。
しかし阿賀辺は直観した。『マザートマト』がカギを握っていると。

早速、阿賀辺はT砂漠に向かった。
それは思った以上に過酷を伴う旅だった。食料や水の配分、馴れない砂地の移動、昼夜の温度差。何よりも照りつける太陽が想像以上に体力を奪っていった。
ようやくオアシスが見えた時、阿賀辺は力なく助けを求める声を聞いた。
「た、た、、、すけ、、、て……」

それは流砂に巻き込まれ、砂の池に身を沈めていく一匹の小動物、砂ネズミだった。
見捨てることもできたろう。しかし阿賀辺はそうしなかった。小さな砂ネズミが、もしかしたら砂漠で何か頼れる存在になるのではないか、との打算が働いてのことだった。

阿賀辺に助けられた砂ネズミはアグーチと名乗った。そして両親と弟の住む家に阿賀辺を招待したのだった。
アグーチの家は、オアシスの先の柱サボテンエリアにあった。

「息子を助けていただきありがとうございました。私は父のパイド、そして母親のアルビノ、弟のダヴです」
パイドは阿賀辺に対し、丁寧に礼を述べ、アルビノはできうる限りの料理や飲み物で阿賀辺をもてなした。最初はサボテン水だと思っていたものが、実は絶妙に発酵の促されたアルコールだった。なんとも絶妙の味。しばらくぶりの酒は、阿賀辺の心を癒すとともに、話し相手を得た嬉しさに会話を弾ませた。アグーチとダヴはおどけて踊って見せ、阿賀辺は久しぶりに笑った。

「みなさんのおもてなしに感謝します、本当に」
「いえいえ、子どもを助けていただいたお礼には足りないくらいですわ。偶然に通りがかってくださらなければきっと…」
「それにしても阿賀辺さんは、どうしてこんな僻地に?」
阿賀辺はGABAトマトで混沌としている世をなんとかしたいと、『マザートマト』探しの旅に出た経緯を話した。砂ネズミたちから、何らかのヒントを得られればいいのだがと、若干の期待を込めて。
阿賀辺が『マザートマト』の言葉を口にした瞬間、パイドとアルビノは顔を見合わせて静かに笑った。
「阿賀辺さん、私たちはあなたの役に立てそうですよ」
「役に? どういうことですか?」
「知っているんですよ。『マザートマト』の場所を」
阿賀辺は大きく目を見開いた。そしてあまりの嬉しさに大きく息を飲むと、横に座っているアグーチとダヴを抱きしめた。
「なんてこった! こんな素晴らしい出逢いがあるなんて」

翌日、パイドとアルビノ、アグーチとダヴの先導を受けて、阿賀辺は難なくバオバブの木まで辿り着いた。砂の道と砂山の高低差など、地形を把握している案内人にとって、『マザートマト』への最短ルートを示すことは造作もなかった。

「阿賀辺さん、私たちの案内はここまでです。このうろの奥に『マザートマト』はいらっしゃる」
「みなさん、ありがとう。心から感謝します。アグーチ、ダヴ、流砂には気をつけて遊ぶんだぞ。本当にありがとう」
「流砂なんかに落ちるもんか、なっ、ダヴ!」
アグーチはおどけるように言い、阿賀辺に「がんばって来いよ」とエールを送った。

阿賀辺はうろの奥へ、奥へと進んだ。真っ暗だったが、示された道は1本。迷うはずもなかった。
どのくらい歩いたろうか。トンネルを抜けるように突然、視界が大きく開いた。上方から一筋の光が差し込み、そのスポットライトの先にはルビーのような実をたわわにつけたトマトの姿が見えた。
『マザートマト』だ。
阿賀辺はその神秘的な佇まいに目を奪われ、呼吸することも忘れた。

≪あなたはだれ?≫

阿賀辺の心に『マザートマト』の言葉が響いた。
阿賀辺は神聖な気持ちになり、無意識に『マザートマト』に前にひざまずいた。
「ああ、ようやく、ようやくお会いできた……」

もはや『マザートマト』と阿賀辺の間に言葉はいらなかった。心と心が呼応し、互いの思いは徐々に融合していった。
阿賀辺は『マザートマト』に誘われるように一口、トマトの実を口にした。
それは限りなく甘美で、優しく身体をとろけさせるような味であった。
阿賀辺は流砂に身を沈めるように、その快楽に緩やかに縛られていった。

「自分はどうしてここにいるのか、何を目的としてやってきたのか」

阿賀辺の脳のどこかで、そんなフレーズが浮かんではきたが、すぐに甘いささやきにかき消された。

阿賀辺の瞳から、生きることへの光が消えた。線香花火の最後の火玉が、ポトリと地面に落ちるように。


バオバブの木の前では、砂ネズミたちがじっとうろを見つめ佇んでいた。

「そろそろ阿賀辺さんが『マザートマト』と融合した頃だな」
「そうですね、お客人はP以来久しぶりでしたから。『マザートマト』もお喜びになっていることでしょう」
「ああ、Pには途中で逃げられてしまったが、阿賀辺は最期まで…」
「ねえ、お父さん、阿賀辺さんはどうなっちゃうの?」
「阿賀辺さんはな、『マザートマト』が永久に生きるための養分になるんだよ」
「そうよ、アグーチ、ダヴ。わかっているでしょう? そして私たちは『マザートマト』への供物を捕獲することがお役目なのよ」
「うん、お母さん。ぼくもお役目がんばるよ」
「お兄ちゃん、今度はぼくが流砂に落ちる役やりたいよ。ねえ、お父さん、いいでしょう?」
「そうだな、ダヴ。アグーチはそろそろお母さんから酒の作り方を習うといい。酒は心を開かせ融合させるのに簡単でいい」

砂ネズミたちは、楽しそうに甲高い声をあげて笑った。


一世を風靡したGABAトマトだったが、1年もすると世の中の熱も冷め、今度は……。

#週刊少年マガジン原作大賞

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