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教員のWell-being

 学校現場の業務は確かに大変です。でも、仕事ってコスパじゃないと思うのです。先生方から「本校は生徒のウェルビーイングについて掲げているが、教員のウェルビーイングについてはどのように考えているのか、校長の私見を伺いたい」と言われたので、先生方向けに少し時間をもらってお話ししました。その時のお話しをまとめました。実際のお話はこの通りではありません。


(1)  ウェルビーイングについて

 2019年9月にアンドレアス・シュライヒャー氏の講演を聞きに行きました。『教育のワールドクラス 21世紀の学校システムを作る』(2019,明石書店)の出版記念シンポジウムでした。氏はOECDの教育・スキル局長で、PISAの創始者でもあります。この中で、ウェルビーイングという語が出てきました。私にとってはなじみの少ない語でしたが、「生徒のウェルビーイングに焦点を当てる」という考え方に、これは自分自身がこれまで考えてきたことと同じではないかとちょっと身震いしたことを覚えています。この考えをもとに、本校のカリキュラム・ポリシーの最初の項目として「生徒一人一人のウェルビーイングに焦点を当てる」と示しました。
 そして、この書籍の内容を踏まえてOECDから「学びの羅針盤(ラーニングコンパス)」が発表されます。ここでは、ウェルビーイングは教育のゴールと示されています。これが2019年の終わりごろで、翌2020年の3月には日本語版が公開されます。
 さらに、この春の文部科学省の「教育振興基本計画」ではコンセプトとして「持続可能な社会の創り手の育成」とともに「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を掲げています。これについては、京都大学の内田由紀子・中央教育審議会委員による「計画ポイント解説~ウェルビーイング編~」によってかなり詳しく説明されています。
 その中で、場のウェルビーイングという言い回しが出てきており、個々のウェルビーイングだけでなく、取り巻く環境のウェルビーイングを向上させていく必要性が説かれています。そこで、教員のウェルビーイングの向上の問題になります。
 ウェルビーイングは教育を通してもたらされる、教育のゴールではありますが、その結果出来上がる未来社会全体のウェルビーイングが高い状態になることが理想であり、現在のこの教育の場のウェルビーイングも高い状態が理想であるというわけです(教育のゴールですが学校はゴールを先取りしなくてはならないのです)。

(2)  教員のウェルビーイングについて

 現在、日本の学校現場は多忙を極めその改革が課題となっています。生徒当たりの教員数の増定員が根源的な解決策です。これは、国家予算の使途であるので国民の合意形成が必要です。ですから、その前に学校サイドでは(つまり文部科学省ではということになります)、学校が請け負ってしまっている医療・福祉・司法といった教育以外の隣接領域の業務について、当該部署と連携しながらも学校以外で請け負わせるなど職務の改革が必要です。教員の働き方改革ということで勤務時間や給与とともに取り組まれている内容です。
 東京都では、働き方改革の一環としてライフ・ワーク・バランスを重視しています。
 本校でも、学校経営計画の目標項目にライフ・ワーク・バランスを置き、中期目標では「教職員が生徒のロールモデルとなる」、今年度の目標に「本校スタッフ全員が生徒のロールモデルになる」「『チームがワークする』組織になる」、実施する方策として「イクボス宣言の実施」「キャリア教育・産社の共有」「年休取得日数・勤務時間制限目標の設置」「業務改善(組織化・効率化・明確化)」「学校業務支援員の活用」を掲げました。
 また、私のイクボス宣言は、以下の通りです。

 はじめに私の思いを述べます。これは、生徒にも自分の子供にも、友人にも周囲の先生方にも、ずっと私が一貫して話してきた思いです。

 私たちは、一人一人かけがえのない存在です。私たち一人一人は職場でも余人に代え難い存在で、そういう余人に代え難い個々のパーソナリティーが繋がりあって現在のチームを作っています。しかし、職場は自分がいなくても(似て非なる別のチームになってしまいますが)それなりに機能します。一方、プライベートには別のチームは存在しません。自分自身が自分というチームだからです。「ライフ」も「ワーク」もどちらも大切で私たちの生き甲斐です。しかし、どうしてもどちらかを優先させなければならない究極の選択の場面に来たときには、「ライフ」を選ぶべきです。
 いま、人生を「ライフ」と「ワーク」という二項で表現しましたが、それはわかりやすくするための言い方です。キャリア理論のD.E.スーパーは、「キャリア」を「人生の様々な場面で経験する役割」と定義しました(別紙参照)。その役割の例として、親の役割をする、子供の役割をする、配偶者の役割をする、学びをする、労働をする、家事をする、余暇活動をする、地域貢献活動をするなどが挙げられます。私は学校という職場で教員という役割ですが、家庭では、週の半分は食事を作ったり、社会人になりたての子供の親として人生の相談にのったり、配偶者と将来を語りあったりしています。マンションの自治会の役員だったり、舞台のお稽古のために週末を使っていたりした時期もあります。人生の様々なステージで、仕事の比重が大きい時期も、家庭の比重が大きい時期もあるでしょうし、学ぶことに集中している時期もあります。自分がどのように生きていくのか、「自分に期待される複数の役割を統合して自分らしい生き方を展望し実現していく」ことが大切になってきます。そして、未来の日本の職場が「ライフ」にも「ワーク」にもやりがいを感じるバランスのとれた環境となるために、私たち教員が、未来を担う生徒にとってロールモデルとなることが大切です。
 
 これらのことを念頭に、次の宣言をします。
 
○「ライフ」と「ワーク」の究極の二者択一の場面では「ライフ」を優先させます。
○個人が「ワーク」をするのではなくチームが「ワーク」をする職場環境をつくり、一人一人が「ライフ」を大切にすることができるようにします。
〇私自身が15日以上の休暇取得を目標とし、部下の休暇取得、男性職員の育児休業等取得を支援します。

イクボス宣言

(3)  私見

 イクボス宣言では初めに私の思いを述べています。経営計画の「ロールモデル」「チームがワークする」「キャリア教育の共有」などの背景でもあります。
 後半に書かれている「自分に期待される複数の役割を統合して自分らしい生き方を展望し実現していく」ことはキャリア教育のゴールです。生徒たちに指導すると同時に先生方にもこのゴールを共有してほしい。先生方も人生の役割の中で自分らしい生き方を実現してほしいという思いを込めています。そして、仕事の場において「ライフ」にも「ワーク」にもやり甲斐を感じてほしいと生徒に伝えてほしいし、先生方がご自分自身もそうあってほしい。それが、生徒にとってのロールモデルになるということです。
 今回は学習進路部の先生から質問がありました。方策に「キャリア教育・産社の共有」とありますから、当然のご質問と思います。
 一つには、いま述べたように、キャリア教育のゴールを共有していただきたい思い、立派な大人としてロールモデルとなってほしい思いです。

 本当は、もう一つあります。それは、勤労観という価値観につながることなので、価値観の押し付けはできませんが、今日は私見として、述べさせてもらいます。ちょっと違うなとお感じになる方がいてもかまいません。
 勤労観には大きく経済性、個人性、社会性の3つの観点があります。もちろんどれもある程度重要ですから、SDGsでも「働きがいも経済成長も」と言っています。
 このうち経済性にだけ大きく偏ると、いわゆるコスパ重視の仕事になります。できるだけ楽して稼ぎたい、これは行き着けば、「盗めばただ」となり、法治国家でも法の目をかいくぐればよい、ばれなければよい、という考えを生み出していきます。
 ですから、私は、勤労はコスパじゃなく働きがいであると考えています。
私自身は教職は天職だと思っています。本を読んでも、クイズ番組を見ても、買い物しても、いつでも授業に使えるかどうかと思っていました。うちは家族が皆教育に関わっているので家族の会話も教育の話題が豊富です。奉職以来35年以上、教職という仕事に夢中でここまできました。
 ですから、子供たちにも働きがいを伝えたいと思います。働きがいと学びがい生きがいはどれも夢中になることだと思います。高校で学びがいを身に付けなかった生徒は、働きがいを知らずに大人になるでしょう。
 先生方も、生徒たちに勤労観を教える時は、「働きがい」について学んでほしいとお考えと思います。学ぶことの意義を教える時は、「学びがい」を学んでほしいとお考えになっているでしょう。でしたら、ぜひロールモデルとして、働きがいがある様子を伝えてほしいと思っているということです。

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