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改めて選んだら昭和産ばかりだ(笑)

ものごころついた頃から本も読むけどマンガも読む雑食の読み方で、大量のマンガを読んできたので、読んできたすべてのマンガに自分は構成されている、と言えるのですが、中でも衝撃を受けたり5万回読み直しているもので考えてみたら、昭和生まれのものばかりになってしまいました。大事なことは全部マンガで教わった。

*『カリフォルニア物語』/吉田秋生

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小学4,5年生くらいの頃だったと思うけど、風邪をひいて学校を休んだ日に、母親が「別冊少女コミック」(今風なら少コミ?)を買ってきてくれた。母親はその時代にはまだマイノリティの共働きの母親で、私が一人で留守番が多いので買ってきてくれたのかもしれない。普段は「なかよし」を読んでいたから、少コミはその時初だったと思う。

それに出ていたのが『カリフォルニア物語』だったと思う(しかも連載の途中の話)。海外というか、N.Y.なんてどんなところかまったく知らない10歳前後の子供にはすべてが刺激的な内容だったと思う。それまで読んでいたマンガとは全く違う絵柄と内容、全部が新鮮だった。

ゲイ、という男性が好きな男性がいること、麻薬というものはよくわからないけどおかしくなる人がいるんだなということ、そんな知らないことを一気にたくさん知ったマンガだった。そのまま少コミを翌月も買って続きを読む、ということはなく、大人になってから自分で古本屋などで購入(だから2巻は表紙がない。子供の時に読んだ部分は、ちゃんと覚えてた。どうやっても辛いことが立て続けに起こるラストに向かっていくからこそ、ヒースとイーヴがくだらなく楽しく過ごしている場面が大切。ロン毛の男子の魅力も知りました(笑)

*『ベルサイユのばら』/池田理代子

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説明の必要がない…くらいの名作。リアルタイムで週刊では読んでいなかったけど、小学校低学年の時に全巻揃っている友達がいて、その子の家に入り浸って読みふけっていた。今もそのアパートの情景を覚えてる。

コレは以前別の媒体でもちょこっと書いたけど、ある年代の男子に『空手バカ一代』直撃世代、がいるように、ある年代の女子には『ベルばら』直撃世代が存在する。ディズニープリンセスなどでなく、本物のお姫様だった人の話というだけでもすごいし、豪華で美しいドレスの数々、男装の麗人という、身の回りには絶対にいないけど魅力的なのは子供でもわかるオスカルの魅力。さらに、初期のあたりで起こる宮廷内でのアントワネットいじめ、民衆は貧しくて飢えてるのに王族はへっちゃら、みたいな構図、なんかは、小学生女子にもじゅうぶんわかる話だった。アントワネットごっこもちょっとやってた覚えがある。

オスカルが死んでしまうことは、子供の時にはただただショックで悲しいことだったけれど、「高潔」というような意味を漠然と受け取ってた気がする。大人になってからも何度も読み直しているけど、父親のジャルジェ将軍の気持ちを思って泣けるようになるとは、あの頃は思わなかった。

*『はいからさんが通る』/大和和紀

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コレのみ、実家にあって今現在手元にないので借り画像。『はいからさん』だけでなく、『ヨコハマ物語』も『あさきゆめみし』(あ、『アラミス'78』も)も含めてエントリーしたいとこなのだけど、そうすると他のが入れられないので代表として『はいからさんが通る』を。

まず単純に、主人公のことじゃなくて、男性がカッコ良い!絵が美しい! このマンガが好きな人が集まれば、今でいう「この中だったら誰推し?」の話題が必ず出るであろう男性キャラクターたちのカッコよさは、当時の少女マンガの中でも群を抜いている気がする。理由は多分、学生じゃなくて大人の男ばっかだから。なよなよかと思いきや、蘭丸も意外にたくさん頑張るしね。

中でもひいきは鬼島さんだった。一匹狼で荒っぽい感じなのに、恋愛は下手なんて可愛いっと、子供心に感じてた覚えがある。環との、「嫌い嫌いも好きのうち」的なやり取りも、今思うとベタだけど、真剣な恋愛もしてない子供には憧れだった。冬星さんの紅緒への思いも切なかった。そういう脇の男性の方が好き、メインとなる少尉的なポジションの男には目がいかない、という習性は、このマンガで培われたと思う。少尉なんて記憶喪失になってダメダメじゃん、と感じていた(笑)。

と、男性陣のことばかり言ってるけど、実は紅緒が新聞記者として働く女性となる、という点も、意識していないけど刷り込みにはなっていたんだと思う。紅緒の時代も自分が読み始めた時代も、自営業(八百屋さんとかね)ではない会社で女性が働くことが珍しかったから。働くってことのイメージを刷り込まれた気がする。おひきずりさんとか牢名主のネタも大好物でした。

*『火の鳥』/手塚治虫

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こちらも説明の必要はない? 数ある手塚先生の作品の中でも、根強いファンの多い連作。親が読んでいたので家に数冊あったから、順番通りではなくランダムに読んでいたし、その頃は全作は読んでいない。

子供の頃は、『復活編』でロビタは可愛いと思ったけど集団自殺を選ぶ展開におびえ、『ヤマト編』では生き埋めにされるだけでも怖いのに、火の鳥の血のせいで中で生き続けるなんて…!とおびえ、『宇宙編』の牧村の最終的な姿におびえ、『望郷編』の悲しい展開や変な生物しかいない星におびえ、と、おびえ続けていた。

自分の頭では想像もできないような未来の話や過去の話を、こんな話を思いつく人がいるんだ! ということが一番の衝撃だった気がする。(しかも大人になるまで、並行して読んでいた『アポロの歌』も、『火の鳥』のひとつかと思いこんでいた)

いまだに読むには心の準備がいる名作で大作。

*『ポーの一族』/萩尾望都

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こちらも名作。写真は大人になってからボックスで買い直した単行本。コレは初めて読んだのが、そんなに幼いときではなかったけど、マンガというより映画や小説のような気持ちで読んでいた。

いわゆるホラー映画のイメージとは違うヴァンパネラ(吸血鬼)という存在も新鮮だったし、話があちこちの時代に飛ぶ、その飛び方自体も新鮮だった。キャラクターもいいけどまず構成がすごい、と感じてた。

初めのあたりの『グレンスミスの日記』や『ポーの一族』も好きだけど、エドガーとアランが西ドイツのギムナジウムに編入する『小鳥の巣』が特に好き。「だーれが殺したクックロビン」もこれで覚えた。最近になって続編が描かれて、嬉しいし色々と衝撃。昔は「死なない」ということに魅力も感じていたけど、最近はエドガーの哀しさがわかるようになってきた。アランを連れてきてしまった気持ちも。

この5作品は、読んできたマンガのほんのごく一部だし、年相応に恋愛マンガに没頭していた時期だってあるけれど、「自分を構成している」って考えると、恋愛要素だけじゃないものが基本的に好きなんだな、と思いました。

最近のマンガも毛嫌いせずに、面白そうなものは極力読んでます。『BEASTERS』にハマってるし、『聖☆おにいさん』も癒しだし、オノ・ナツメも愛好してます。小椋冬美も『不思議な少年』も出したかった。こんなに豊かなマンガ文化が育った中にいることは、日本人であることの、少ないけれどかなり嬉しいことのひとつです。

#私を構成する5つのマンガ

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