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『舟を編む 〜私、辞書つくります〜』文字に関わる仕事の人にもそうでない人にも心に残る良作

NHKのドラマ、『舟を編む 〜私、辞書つくります〜』は素晴らしかった。この1年くらいのドラマの中でも、出来という意味ではかなり上位にくると思う。
三浦しをんの原作で、辞書を作る人たちの挑戦、常人には想像できないこだわりが伝わってくる話。先に2013年には映画化されていて、そのときは主人公の馬締を、松田龍平が演じたということは知っていたが、たまたま未見だった。

原作は前半が馬締がメインで、後半に途中から異動で岸辺みどりがやってくる。それをドラマでは、初めから岸辺みどりを主人公に据えて、彼女が辞書編集部にくるまでの馬締の話や、彼の妻とのなれそめなどは、会話や回想などを交えて少しずつ説明される。
そのおかげで、見ている人も辞書に対してはまったくの新人みどりと一緒に、辞書の編集というまったく知らない世界について少しずつ知っていくことができる。戸惑いながらも作業を覚え、「言葉」に対する熱意を発見し、辞書を編集していくプロセスの何に、どこに喜びを見出していくのかを、彼女と一緒に疑似体験していけたので、そのちょっとの主役の変更が素晴らしいアイデアだと思う。また池田エライザの演技もとてもよかった。わざとらしくなく、あざとくもなく、ごく普通の現代の女性だけれど辞書編集に魅力を見出していくさまが見ている側に自然に伝わってきた。

いらすとやさんのをお借りしてます

筆者は紙媒体の編集作業や、原稿を書くという作業に長年携わっているけれど、それでも知っていると思っているひとつの言葉にさらに知らない意味があることを知ったり、雑誌の編集とはまた違う部分もある編集作業自体も興味深いし面白かった。

また原作本の刊行は2011年だが、ドラマはスタートの設定こそ数年前だけど(辞書編集自体が10年単位の作業だから)、新型コロナウイルスの流行というついこの間の現在を含めた年が舞台になっている。だから、あの期間に次々と生まれた新語(例えば三密とか)を辞書に入れ込むのかどうか、しかも期限はギリギリなのに? という問題までを入れた点もとてもよかった。
ほぼリアルタイムに近い出来事も入ったことで、辞書の編集という一般的にはなじみの薄い作業を、より身近に、興味深く面白く見せていた。

素人意見として、ドラマや映画が面白くなるかどうか、は、役者、脚本(セリフも展開も)、演出、音楽、映像のすべてのバランスがうまくいっているかどうかなんだと思うけれど、自分のわかりやすい指針は、気づいたら黙ってじっと見入っているシーンがあるかどうか。
その意味でもこのドラマは満点だった。特に配役が全員素晴らしかった。
まず個人的に大好きな柴田恭兵が、辞書の発起人であり監修者・松本先生を演じているだけで嬉しいのだけど、現在宣伝中のあぶ刑事のユージと同一人物とは思えないほど穏やかで枯れていて優しくて、でも言葉には熱い。

もうひとりの主役、馬締光也を演じる野田洋次郎も、筆者はミュージシャンとしての活動はほとんど知らないけれど(RADWIMPSは知ってます、ただ曲をほぼ聴いていないだけ)、常にほぼテンションが一定で訥々とした話し方が自然だった。妻のことと辞書の危機のときだけ慌てたり強くなる様が上手かった。

いらすとやさんのをお借りしています


製紙会社の営業担当で、みどりと究極の紙を探求していく中で親しくなっていく役を演じた矢本悠馬も自然でよかったし(ていうか、実はWOWOWで放映したドラマ『DORONJO』のふたりなんだよね、と見ながらニヤニヤ)、玄武書房・辞書編集部のアルバイトリーダーを演じた前田 旺志郎も、初めはみどりの無知っぷりにややマウントを取りながらも、徐々に同僚として絆ができていく感じがよく伝わってきた。彼のことは以前仕事で少し記事にしたこともあるけど、まじめな好青年もやれるのに、今回はラフだけど辞書への愛は人一倍、の様子が新鮮だった。

そして、元辞書編集部員だけど現在は宣伝部員西岡正志の役を演じた向井 理がまた素晴らしかった。現実的な作業、処理に無頓着気味な辞書編集部員たちを陰に日向に助け、アドバイスし、来るだけで明るい雰囲気にし、デジタル版のみにすると言われたときには一緒に悩み、打開策を探しと、実は一番の功労者なんじゃ……と思わせる。向井理はあまりにビジュアルがカッコイイため、どうしてもその面の話が多めになりがちだけど、主役でなくてもコレだけきっちりキャラクターを作り上げているなんて、演技力も高いなーと再確認した。

そして、邪魔しないけれど編集部員たちを優しく盛り上げたFace 2 fAKEの音楽や、馬締が言葉の海に潜ってしまったときの様子が、画面上に実際に文字がワラワラ出てくるなどのビジュアルの工夫なんかも、辞書の編集作業、という地味~~になりそうな題材を上手に楽しく盛り上げていて、CGってこういう風に使ってほしいよねーと感心。1話のみどりが海に行くところや、何度か出てくる川のほとりのベンチ(が実はたまたま地元だったことも、愛情をより深くした)のシーンなどの映像もキレイだった。

そんな風に、全方向にうまくいっていた奇跡的な作品なんじゃないかと思う。ドラマは膨大にあっても、そういうすべてのバランスがよくなることってなかなかない。そういう意味でも秀作、良作だと思います。


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