第四十四話:四季
「昼飯が出来たぞ。良い天気だから滝が見える場所で食べようじゃないか」
「ありがとうございます」
「ふぅ。一休みだな」
わたしと竜胆は本の山から解放され、肩や首をバキボキと鳴らしながら外へと出た。
良い香りが漂っている。
「肉を食え! とにかく、肉だ」
あらゆる調理法で魅惑的な味付けを施された肉料理が、所狭しと並べられた円形のテーブル。
香りだけで白米が食べられそうだ。
「蒸し野菜もたんまりあるからな。白米はおかわり無限だ!」
午前中は脳味噌をフル回転させながら資料を読み漁った。
今はもう、食事のことしか考えられないほどお腹が空いていた。
「いただきます!」
「いただきまーす!」
「召し上がれ!」
箸が止まらない。目も止まらない。
これを食べたら次はあれを食べてまたそれを食べてあっちを飲んで……。
照りのある肉や湯気を上げている野菜が満腹中枢を破壊していく。
これならいくらでも食べられてしまいそうだ。
「うんうん! 二人とも言い食べっぷりだな!」
「とっても美味しいです」
「胡仙はなんでも上手だよね。私も見習いたいよ」
「竜胆は食に無頓着だからな。服よりも食べ物を買え」
「ば、バレてる……」
わたしたちは和やかな雰囲気の中いつもの何倍もの食事を摂った。
机の上には空の皿と蒸籠が積み重なり、ちょっとしたオブジェ位の迫力がある。
「八人前を食べきるとはね」
「残す計算だった?」
「いや、食べると思っていたよ」
「でしょ? 私、胡仙が作ってくれたご飯は残したことないもの」
「そうだったな」
胡仙は机に並ぶ空の食器を見て嬉しそうに頷いた。
「翼禮もよく食べるんだな」
「任務に出てしまうといつも食事は後回しにしてしまうので、こういうがっつり食べられるときは貴重な気がして。いつもより食べてしまいます」
「あはははは! その気持ちはわかる」
「ごちそうさまでした」
「うむ。作った甲斐があるというものだ」
三人で一緒に食器を洗い、片付けた後はまた資料探しに戻った。
「翼禮は日常では仙術を使わないのか?」
「ああ、いや、使うこともありますよ」
「皿を洗う時、手でやっていたから、ちょっと興味があってな」
「それは母にそう言われているからです。自分の手足以上に信頼できる道具は無い、と。人様の品物に触れるときには、一番信用しているもので扱うほうがいいかな、と思いまして」
胡仙は少し照れたように笑うと、わたしを見ながら優しく微笑んだ。
「翼禮のお母上と気が合いそうだ。その心遣い、とても嬉しいよ」
「ふふふ。よかったです」
まだまだ目を通していない本や木簡がたくさんある。
わたしたちは手分けして地下五階まである図書館を行き来し、失われた言語で書かれた文章のありかのヒントを探った。
その時、ドタドタと階段を降りてくる音が館内に響いた。荒い息遣いも聞こえてくる。
「ふ、ふふ、ふ、胡仙様ぁぁぁああ!」
「どうしたどうした。そんなに慌てるなんて珍しいな」
「四季族が内戦になりそうなんです!」
「……夏家と秋家か」
「はいぃぃいぃ」
胡仙は急いで図書館を出ると、大きな会議室の有る三階へと走っていった。
わたしと竜胆もただ事ではないと感じ、その後を追った。
「どうなさったんですか?」
会議室に入り、華丹国の地図を広げる胡仙の顔は険しい。
「四季族というのはもともと屍来族という、華丹国王族に仕えてきた闇の一族だった」
胡仙は地図に印をつけながら話し続けた。
「華丹国内の争いがひと段落ついたとき、影の存在として大きく貢献した屍来族は、当時の国王から新たな役職と家名を得た。それが四季族であり、代表となる四家の春家、夏家、秋家、冬家がそれぞれ取り仕切っている。彼らは様々な種族や民族を家族に迎え、それぞれを大きな家へと成長させていった。そんな中、それが原因で土地の権利についていざこざが起こり始めたのだ」
そう言うと、胡仙は弟子たちにいくつか品物を持ってこさせた。
「簡単に言うと、国境線の書き換えのようなことだな。例えば、春家の土地だと主張していた場所から、冬家にちなんだ遺物が出土し、それに習って土地の境が変更になる、といった感じだ」
胡仙は品物を箱から出し、地図上に並べた。
「これはかなり複雑でデリケートな問題なのだ。四家は本当に様々な民族を家族として取り入れてきたことで、それぞれの民族が持っていた神域や固有の文化や伝統、土地も支配下においてきた。そのせいで、領地の問題が現在まで続いているというわけだ」
「大変ですね……」
「そうなのだ。もう、歴史学者や地質学者、考古学者、古生物学者、法人類学者まで巻き込んでの騒動だからな。奎星楼にもたびたび依頼が来るのだが……。のらりくらりと交わしていたらこうだ。ついに戦争を始めようとするとは……」
「夏家と秋家が仲が悪いんですか?」
「ああ。春家と冬家は何世代か前に婚姻関係を結び、土地に関しても平和的な解決を続けている。だが、夏家と秋家は……。取り入れた種族も好戦的なのが多くてな。今でも華丹国の軍事では強い権力を持っている。どうしようもない馬鹿どもだ、まったく」
胡仙は地図に戦地となった時に巻き込まれてしまいそうな市民が住む地域を書き込み、大きく溜息をついた。
「すまない、翼禮、竜胆。今度ばかりは放っては置けない事態になってしまった。だから……」
申し訳なさそうに顔を下げ、溜息をつく胡仙の姿に胸が痛んだ。
わたしは考えることもなく、選択した。簡単なことだ。
「手伝います。もちろん」
「そうだよ、胡仙。私たち強いんだよ。とってもね」
同調してくれた竜胆は、わたしの選択を偉く気に入ったようで、とてもニコニコとしている。
「で、でも、烏羽玉の母親の調査が……」
「大丈夫です。烏羽玉も手酷い怪我で今は何もできないでしょうし」
「そうそう。翼禮が切り刻んだからね」
「その言い方はちょっと猟奇的すぎませんか」
「でも、合ってるよ」
「ぐぬぬ……」
わたしと竜胆の提案にどこかほっとしたように胡仙は微笑んだ。
「ありがとう、二人とも。是非、力を貸してくれ」
「はい!」
「腕が鳴るね」
わたしと竜胆はさっそく胡仙から四季族について教えを受けた。
何も知らないまま行って余計にこじらせることになったら本末転倒だ。
ただ、どう話し合っても埒が明かない場合、最終的には武力でどうにかするつもりだ。
わたしの一族は、そうやって生きてきたのだから。
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