第四十七話:二つは一つ

 わたしたちは調査結果をまとめて文章にしたものを持ち、再び発掘現場へと向かった。
「結果が出たぞ」
 夏家と秋家の人々と、事の顛末を見届けようと春家と冬家の長老二人も胡仙フーシェンのもとへと近づいてきた。
「おお、ちょうどよかった。春家の長老に渡しておきたいものがあるのだ」
 すると、春家の長老は何かを察したように目を伏せ、こみ上げてきた涙をそっと流した。
「知っていたのだな」
「はい。代々、長老となる者に受け継がれてきた伝承にございます。わたしの代でそれが暴かれるとは思ってもおりませんでしたが……。でも、お二人が天津国あまつくにで出会えるのなら、本望です」
 胡仙フーシェン翠雨ツェイユーの名が刻まれた割れた玉札を渡した。
 すると、長老はおもむろに懐から小さな包みを取り出し、その中からあるものを取り出した。
「それは……」
「はい。初代長老の梓汐ズーシー様が大切に持っておられた翠雨ツェイユー様の玉札の半分にございます」
 夏家と秋家の人々はあまりの出来事に言葉をなくし、青ざめた。
 冬家の長老だけは、春家の長老の言葉を聞きながらゆっくり頷いている。
翠雨ツェイユー様、おかえりなさいませ。梓汐ズーシー様がずっとお待ちしておりましたよ……」
 春家の長老は一つになった玉札を抱きしめ、嗚咽した。
 春家にとってはずっと気がかりだったのだろう。大きすぎる秘密を守ることも、どれだけ大変なことだったか。
翠雨ツェイユーの遺体は春家の、梓汐ズーシーの隣に埋葬してやってくれないか」
「で、でも、王家の方々が……」
わらわが説得しておく。案ずるな。永遠の愛を叶えてやりたいのだ。友を、小さな幸せがある場所で暮らさせてやりたい」
胡仙フーシェン様、ありがとうございます!」
「よく護り抜いたな。大儀であった」
「はい……、はいっ!」
 春家の長老は涙を流しながら何度も胡仙フーシェンに頭を下げた。
「実は、そなたに紹介したい者がいてな。彼女の名は、杏守あんずのもり 翼禮よくれいだ」
 突然紹介され、わたしは驚きながらも少し前に出た。
 目が合う。
 すると、春家の長老と冬家の長老が駆け寄ってきてわたしの手をぎゅっと握りしめた。
「あ、ああ、暁の魔女様ですか⁉」
「あ、その、ご先祖様がそうです。わたしは仙子せんし族で……」
「なんと! 赫界旅団フェァジェリュトゥァンの騎士様とは! すごい。さすがは魔女様の子孫の方……。何千年経とうとも、人々を護るお役目に就かれておられるのですね!」
「あ、ありがとうございます」
「冬家の初代長老は暁の魔女様と梓汐ズーシー様とともに戦場を駆け抜けたと記録に残っております! まさか子孫の方にお会いできるとは……。感無量です!」
「あの、ありがとうございます」
 四季族の中でこんなにもわたしや仙子せんし族に対する評価が違うと戸惑ってしまう。
 ただ、やはり褒めてもらえると素直に嬉しい。わたしの中にまだいるかはわからないが、棘薔薇いばらの記憶に刻まれている暁の魔女も喜んでいることだろう。
 まるで感動の再会だ。
 そんな和やかな雰囲気に割って入って来たのは、秋家と夏家の長老たち。
「は、春家は王族のご遺体を故意に隠していたのですか⁉ 犯罪、それも大罪ですぞ!」
「春家所縁の物が見つかったのだとしても、土地は渡せませんからな!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てている両家に、胡仙フーシェンはついに堪忍袋の緒が切れたらしい。
 姿が人型から、空を覆うほど巨大な白銀九尾の天狐へと変わっていった。
「黙れ! 文句があるのならすべてわらわが引き受けよう。戦争も辞さないぞ。さぁ、どうする愚か者ども!」
 夏家と秋家の人々の身体が地面に叩きつけられ、指一本も動かせないほどの重圧をかけられている。
「まだ頭が高いな。埋めてしまおうか」
胡仙フーシェン! 待ってください!」
 わたしは思わず声を上げていた。
翼禮よくれい、そなたは何も心配しなくて良いのだぞ。わらわが護ってやるからな」
「そうじゃなくて! その、みなさんを許してあげてください!」
「許す……?」
「よくわからないのですが、わたしの中の……、棘薔薇いばらの記憶がそう叫ぶのです。夏家と秋家はたしかに愚かな発言をしましたが、かれらも四季族。梓汐ズーシーの血族であり、翠雨ツェイユーが命を懸けて護り続けてきた国民なのだと!」
 胡仙フーシェンはわたしをじっと見つめ、ふっと微笑んでから人型へと戻っていった。
「本当によく似ている。暁の魔女は騒がしい女子おなごだったゆえ、そこだけは違うが、うん。翼禮よくれいの優しくまっすぐな心根はあやつと本当によく似ている……」
 胡仙フーシェンは深く呼吸を繰り返すと、解放した夏家と秋家の人々に向かっていった。
「わが友の温情に免じて、先ほどの言動は忘れることとする。が、しかし、今後不埒な性格を正さずに行動を起こすようなことがあれば、我が領地より大軍を率いて制裁を加えに来るゆえ覚悟せよ」
「は、はい!」
「も、ももも、申し訳ありませんでした!」
 胡仙フーシェンの気迫に押され、両家は小さくなりながら深く平伏した。
 その後、専門家の学者たちを交えた話し合いが行われ、土地は今まで通りの境界線を保持することに決まった。
 出てきた遺物の様式が夏家と秋家のものだったのは、梓汐ズーシーが土地を保有している両家の伝統に敬意を示してそうしたということがのちの調査で判明したという。
「ちょっと疲れましたね」
「そうだな。巻き込んでしまったが、結果的に翼禮よくれいがいてくれて本当に良かったよ。ありがとう」
「いえいえ。お役に立ててうれしいです」
「私は? 私もずっと手伝ってたけど?」
「おうおう。竜胆もありがとうな」
「なんか軽くない?」
 わたしたちは奎星楼けいせいろうに戻る空の道すがら、他愛のない話をつづけた。
 おだやかな夕暮れの風が吹く。
 疲れて火照った身体が、心地良い涼しさを抱きしめた。

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