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[ショートショート]空色の風車

拝啓。

菊の花が今を盛りに咲いています。お変わりなく、お過ごしでしょうか

小さなあなたにお土産を同封しております。

折り紙で作った手裏剣と、風車です。

多くは語りません。無粋ですから。

勘のいいあなたは、私の意図することに、きっと気がつくことでしょう。

時節柄、どうぞご自愛くださいませ。

敬具



窓を開けると、潮のニオイと、ニオイを孕んだ風が

海鳥の声と、潮騒が部屋まで届く。

僕の産まれ育った家は、海とそんな距離にあった。


父は、サラリーマンだった。

だけど、夏にサーフィンを体験してその虜となってしまった。

会社は、抜群の営業成績を誇っていた父を、引き留められなかった。


「ほかに、何か周知事項のもれはありませんか?」

「あー。ちょっといいですかね。」

「はい。どうぞ。ってちょっと、何?近いんだけど!」

「うるせぇ!俺と結婚してくれ!そして、答えはイエスだろ!」

「・・・え?は?何?」

「イエスだろ!はいと言え!」

「え?あ、はい」

と、会議中にプロポーズして、キスまでして伝説になったそうだ。

サーフィンをやりたい。という破天荒な思いつきだけで、父は、上席だった母も一緒に退職させてしまった。

後々、母は父のプロポーズは雰囲気も何もなく最低だったと愚痴っていたけど、父は20年経っても結婚記念日に母をディナーに誘っていたのを知っている。


僕はといえば、海のすぐそばで生まれ、海のすぐそばで育ってきたので、やることといえば、釣りとサーフィンと、ごみ拾い。ときどき、ヨガ。


全部、父の影響。


水平線に沈んでいく夕陽は当たり前の光景だと思っていたけど。大学に入って分かったことは、都会には、そんなものはなかった。

その分、家にはなかった刺激に溢れていた。

実家に帰ることがめっきり減って、バイトして、飲んで、歌って、遊んで。

大学卒業のときに、大学までやってきた父と母が田舎臭いというより浮いていて、嫌で仕方がなかった。


それから僕が就職して。

やりたかったことと全く違う職種に異動になって

同期と差を付けられて、僕は次第に腐っていった。


もう、何年も実家に帰っていないし、父からは連絡がない。

母からは時々、電話が架かってきたが基本的に無視していた。


朝。電車を待っているときだった。

めまいと息苦しさに襲われ、立っていられなくなった。恥ずかしいな。そんな気持ちが体調よりも優先されるあたり自意識過剰なんだと思う。


自律神経失調症。


僕に下された診断。


家に帰り、ノートパソコンとマグカップしかない部屋を見つめる。会社に電話して10日ほど有給休暇を消化することを一方的に伝え、横になる。

フローリングの冷たさが肌に染みた。


夢を見た。

僕がまだ小学生くらいの頃で、父と二人で釣りに出かけていた。

真っ黄色の救命胴衣と、野球帽、学校の水泳パンツ。

笑顔のよく似合う顔と麦わら帽子、こんがりと日焼けした父。

よく怒られて叩かれもしたけど、頭を撫でられて抱きしめてくれた大きな手。

砂浜から竿を大きく振りかぶって、海に向かって飛ばす。

ビュッっという鋭い音。

タポンと海に潜る音。

手に伝わってくる鼓動。

釣りあげた魚は、父の手ほどの大きさで、僕は父と一緒に笑っていた。

「はっはっは!やるじゃねぇか!母さんに見せてやらねぇとな!」

無駄に大きくて、無駄に明るい父の声。

それを聞いて僕も嬉しくなる。

「うん」


目が覚めた。

朝、4時半。

カーテンもない部屋に差し込む街の光。

今までなんともなかった部屋に、うすら寒いものを感じてしまい

僕はボストンバックに、数枚の着替えと財布を詰めこんで家を出た。

音がしないわけじゃないけど、無音に感じる。

僕は駅へと急いだ。


「もしもし?俺」

「あらやだ!ついに私にも振り込め詐欺の電話かしら!」

「違うよ、母さん。今、そっちに帰ってる」

「なんだ、違うの。うふふ、嘘よ。お母さんはお見通しよ。あなたの好きなごはんを準備しておくわ」

「・・・。ありがとう。」

「いいのよ。だって、お母さんは、お母さんだから」

「うん・・・」



あっはっは!しけた顔してんなぁ!お前は!名前負けしてんじゃねぇか!はよ海行って、日に焼けて元気出してこい!

ご飯を食べてると、海から帰ってきた父につまみ出された。


ずっと歩いてきた海へ続く道を、歩く。

こんなに道は、狭かった?

こんなに道は、遠かった?


眼下に広がる、砂浜と海を眺める。

海から潮のニオイを孕んだ風が、潮騒を伴って、吹いてくる。

眩しさもあって、思わず目を閉じる。


子供の頃、家の庭で父とキャンプした夜を思い出した。


風車って知っとるか?知っとるんか。すげぇな。今の子供は。

お父さんはな、風車はすごいと思っとる。何がすごいかわかるか?わからんか。そうか。じゃあ、教えちゃる。

風車ってな、常に風上に顔を向けとるんじゃ。当たりまえ?そう、だから誰も疑問に思わん。

風上に向かうってのは、常に向かい風を受けるんじゃ。息苦しい。キツイ。押し戻される。いろんな言葉があるだろうけどな。

だけど、風がないと風車は回らん。風車が回ると粉を挽いて、電気を起こしてと効果がでる。

わかるか?

風上に向かうのんは、誰だって苦しい。だからこそ成長するもんもある。

風がないと、成長できんのんじゃ。お前もきっと、苦しいことがあるじゃろ。悔しいこととか、悲しいこととか?

そんときゃ、笑え。扇風機に向かって「あー」言うくらいに楽しんでな。

ただ、台風みたいなのんは、逃げろ。

お前はまだ、赤ちゃん風車じゃけの。お前が壊れる。

お父さんの風車はな。スーパー・ハイパー・ウルトラ・デラックス・メガ・風車じゃけの。壊れんのんじゃ。格好いいじゃろ?ハイパー・デラックス・ギガ・マーベラス・風車。さっきと違う?気のせいじゃ。

きっとお前も、お父さんの風車のように強くなる。だって、お前はお父さんの大好きな子供だからな!


僕は、あの頃より大きくなった。

海は、あの頃から何も変わっていない。

あの頃と同じく、生も死も内包して、恵みと痛みを与える。


隣に父が座りこむ。

いいよな。夏の海は。元気がでる。


カラカラカラ。と風車が回る。


お父さんは、お前が元気ならそれでいい。


潮騒に紛れて、風車が回る。


カラカラと回る風車は、

空と海の色を吸って綺麗に染まっていた。



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