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三浦春馬ー「カネ恋」にあふれる愛とやさしさ

 分かっていたことだけれど、ちっともわかっていなかった。  想像していたけれど、想像以上だった。 私の心を凌駕した先に残ったのは喪失感を越える愛おしさだった。

 TBSの英断とキャストやスタッフの思いで紡ぎ出された「カネ恋」だった。

 最終回。春馬くんはアルマーニの高いシャツを着て、布団の中で思いを巡らせていた。そもそもなんでアルマーニに着替えて寝ているのよ(笑)。玲子にキスしてからパジャマ代わりにアルマーニに着替えるってやっぱり可愛げのある浪費男子、慶太だ。

 慶太はゴロゴロする、玲子にキスした自分の行動を考えている。ゴロゴロ一つにしたって、体の動かし方だって、目の動かし方だって、頭からかぶった布団から出た手の動かし方一つだって、ふすまにぶつかる猿彦との関係だって、やっぱりすべて考えられている。そんな一つ一つの演技が、春馬くんが、とても愛おしかった。

 先週の3話を観ていた時から、最終回の春馬くんのシーンはきっと少ないだろうと思っていたが、やっぱり彼の出演の新録はこの冒頭のシーンのみだった。もう一回くらい出てくる?もう一回、もう一回、もう一回でいいから…そう願いながら観ていた人は私だけではないはずだ。けれども、慶太の回想シーンが出てくるたびに、ああ、もう出てこないのかな、出てこないんだろうな、と自分に言い聞かせざるを得なかった。

 「辛いなぁ」。つい言葉に出てしまう。でも、そんな辛さや悲しみに一緒に寄り添ってくれたのが、松岡茉優であり、三浦翔平であり、北村匠海であり、草刈正雄であり、キムラ緑子であり、南果歩だった。

 松岡茉優は、最初から最後まで九鬼玲子だった。父を探す旅の途中で、いか飯400円を、いか1飯あたり100円と計算し、慶太がランチで買った、イカが4切れ乗ったシーフードカレー1,500円と比較するところなどは、きっちり清貧が貫かれていた。こういう状況の中で、慶太という春馬くんに焦点がいきがちだけれども、当初掲げた「清貧」と「浪費」というテーマもちゃんと織り込まれた、ドラマ作品としての冷静さもあった。そこをちゃんと描きながらも、猿彦に寄り添われながら、猿彦を見つめながら、余ったいか飯を持って帰ると言った玲子の涼やかな顔がとても綺麗だった。玲子の瞳にはいか飯をおいしそうに食べるだろう慶太の姿が映っているかのようだった。

 三浦翔平は、3話で借りた折り畳み傘を持って玲子の家にやってきた。慶太の在宅を尋ね、いないとわかると、相変わらず自由だと言った。春馬くんがぴょんぴょん跳ねながら、楽しそうに自分の好きなところへ行ったような気がした。

 北村匠海演じるガッキーは、玲子さんと猿彦と一緒に父親探しの旅に同行した。車内で、慶太の人となりをポツリポツリと話し出す。「本当迷惑な人だけど、一緒に働いてた時から迷惑かけられどうしだったけど、なんか、嫌いになれないんですよね、あの人って」。確かに、浪費男子の慶太と苦労人のガッキーとでは、生きてきた世界が違うだろうし、相容れないところもあると想像できる。けれど、相容れないけれどつい受け入れてしまうのだろう。ガッキーの言葉からそんな慶太の人懐っこさに再び触れられた気がした。そしてガッキーが、「すぐヘラっと笑ってひょっこり帰って来ますから」と涙を我慢して言ったであろうその言葉は、現実としては春馬くんを一方通行的に見送ったのだと思っていても、戻ってくるのかなと一瞬でも感じさせてくれた。と同時にその感情は、本当に戻ってきてほしいよ、と切なる願いに変わった。

 草刈正雄とキムラ緑子のシーンは、私にとっては心が揺さぶられたシーンだった。妻が鎌倉野菜をお取り寄せしたのに夫はその美味しさに気づかない、そんな夫婦のやりとりに、この家庭の面白さを感じつつも、そこからは母優位の温かい家庭で育った慶太を思い描くことができた。

 二人が慶太が間借りしている玲子の家にやって来て、慶太の部屋で繰り広げられる会話は秀逸だった。草刈正雄は「人を笑顔にさせる才能を生まれた時から持ってた」「あいつはあいつのままでいい」と言った。きっと誰もが春馬くんを思ったに違いなかった。キムラ緑子は「ママはいつだって慶ちゃんの1番のファンだからね」と言った。その手にはやさしく慶太のジャケットの袖が握られていた。私はキムラの目を見て、笑みを浮かべて言ったセリフの先にある、キムラ緑子自身の心からの切なさを感じた。それを感じ取った瞬間、私の目からもポロっと涙が出た。一粒一粒、ポロポロ出る涙が止まらなかった。「いつだって、これからだって、春馬くんのファンだからね」。キムラ緑子のセリフを自分の中で変換して置き換えていた。そしてそのセリフは、「カネ恋」という作品に携わった皆の、そしてファン皆の、春馬くんへむけた愛を代表して言ってくれたとしか思えなくて、やっぱり涙を抑えられなかった。

 南果歩は常に慶太の味方だった。ママと甘えられて、慶太を可愛がっていた。玲子に、元夫とのことを聞かれて「何も気付いてあげられなかったから」と言った一言は、元夫の石丸幹二ではなく、春馬くんに言ったようにしか聞こえなかった。そこから、やっぱり春馬くんへの愛情を感じた。

 ―――玲子は語る。

 出会ったときから果てしなく迷惑で、この上なく綻びだけで、でも思えば猿渡さんはいつも優しかった、と。

 そうなのだ。いつだって可愛くて、人に寄り添って人を思いやれる優しさが慶太にはあった。たとえ社会人としてポンコツだったとしても、人間力が120%、それが猿渡慶太だった。


☆営業部のみんなに朝の挨拶がわりに笑顔とバームクーヘンを配るところ  

☆初めて経理部で会った玲子によろしくね!と善人全開の笑顔で挨拶するところ         

☆玲子においしいランチをご馳走しようとするところ  

☆プリンを買いすぎてお金がなくなって、どうしようかと思って、同僚に抱きつくところ      

☆最中の箱を母の言う通りに開けるところ  

☆忘れられない元カノに、会いたかったから会えたんだもんと言えるところ

☆お外に出された猿彦をよしよしと愛しそうに抱きかかえるところ 

☆玲子のママの家事を手伝うところ 

☆ポジティブ大事だよ、と後輩の肩を抱いて勇気づけるところ 

☆経理部のお局の袖を掴んで仕事を引き受けてもらうところ

☆なくした指サックを同僚にはめてもらうところ

☆年下におやつをねだるところ 

☆乳首が見えるからシャツを着なければならないから投資だと言うところ 

☆玲子の長い片思いに一肌脱ごうとするところ    

☆元カノがみんなのために密やかに作って来たサンドイッチを食べるところ

☆玲子の片思いに一肌脱ごうとして失敗してしょげるところ

☆しょげてる玲子に欲しがっていた猿の豆皿を捨てたから、代わりの皿に絵付けをするところ

☆それをあげようとしたけど、玲子が早乙女と話しているところを見て渡すのをやめるところ

☆日傘を持ってあげるところ

☆早乙女さんが運命の人だといいね、と初デートを満面の笑みで応援するところ 

☆初デートの予行練習をさりげなくしてくれるところ

☆ワンピースに似合うイヤリングを見つけに、光のところに連れて行ってくれたところ   

☆父親の隠し子だと思っている光を精一杯面倒見てあげたくてお小遣いを渡しているところ

☆早乙女に妻子がいることを知って、それを伝えられないで苦悩するところ

☆早乙女の不祥事を報じるテレビを消そうとするところ

☆失恋した玲子を元気付けるために猿彦を抱かせようとするところ

☆早乙女に対して、あんた最低だよ、あんたに玲子さんはもったいない、と言い放つところ  

☆失恋した玲子が髪を切っている状況に右往左往するところ 

☆そして傷ついた玲子の頬に手を添え、痛いの痛いの飛んでけと言うところ

☆そして、さよならしたらいい出会いがあるよ、と玲子を励ますところ(この、文末、よ、の声のトーンが素晴らしく好き)

☆そしてそして、よしよしよしと玲子の肩をさすってあげるところ

☆玲子が愛おしくてキスをするところ


 書き出してみると本当に優しくてあたたかい人なんだ、猿渡慶太は。そんな慶太を、表情、声のトーン、指先、視線、姿勢、佇まい、それを駆使して、可愛くて、決してやさしさの押し売りにならないように演じたのが春馬くんだったのだ。やっぱりすごいんだよな。そしてやっぱり彼の優しさも慶太ににじみ出ているんだよな。

 だって、春馬くんは優しい。何度も言うけれど、というか自分しか言えないから言うけれど、キンキーブーツで感動のあまり口を開けたまま歌に聴き入って、泣いている一ファンに、舞台から視線を落として、ファンの目を見てありがとうと言えてしまうんだから。そんな気遣いできる人、どこにいるのよ?どこにもいないよ。優しい慶太と合わせ鏡のように、三浦春馬も優しい人だったのだと、思います。

 吉本ばななの「ちいさな幸せ46こ」という本にこんな一節がある。

「生き物がその魂の持つ個性を存分に生ききると、それがどんな形であっても、意外に人に幸せだけを残すのではないか?」

 確かに「カネ恋」が終わってしまった今は、喪失感が否めない。けれどやっぱり、春馬くんが慶太を演じた「カネ恋」を見て、その作品を、その役を愛おしく思う自分がいる。春馬くんが魂を生ききって紡いでくれた作品は、今はさみしいけれど、必ず私たちに幸せをもたらしてくれる。今はそう思って前を向くしかない。

 それでも心に正直に、玲子が言ったセリフに皆のおもいを乗せてみる。 

 どうしてか寂しいみたいです、 会いたいみたいです、春馬くんに。会いたいな。

 でも松岡茉優が会わせてくれる。最後、振り返った松岡茉優の視線には玄関から入ってきた春馬くんがきっと立っていたはずだから。それを感じられれば、やっぱり私たちもこの先、何回でも春馬くんを感じられる。目を閉じて描けば会える。そう確信している。

 カネ恋をこの世に出してくれたこと、春馬くんが旅立った後でも作品を作ってくれたキャストの方々とスタッフの方々、TBSの英断に理解を示してくれたスポンサーの方々、そして、慶太を演じてくれた春馬くん、ありがとうございます。