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ああけっこう病んでいるなと気づいた今日

このところ、無理をしていた。
普通に考えて受け入れ難いことを、なんとかして受け入れようともがいていた。
それくらいやれるさ!と自分を鼓舞し、心に折り合いをつけようと無理をしていた。

でも、うすうす気づいていた。
たぶん無理なことに。
往生際が悪い。でも後悔だけはしたくないから、もうこれ以上はない!というところまでやり切りろうとしていた。この数ヶ月。

そしたら今日
不意に、なんでもない場面で涙がこぼれた。びっくりした。

夜に車を走らせていた。
一時停止のところで停止すると、歩行者が渡っていった。
車を停止させている私を気遣ってか、歩行者は小走りになって横断歩道を渡っていった。
そして渡りながらこちらを見て「スマン、ありがとう」のジェスチャーをした。

それを見ていたら、涙がボロボロと流れた。
ハンドルを握ったまま涙が頬を伝い、胸の辺りを濡らした。

私は一時停止のところで停止していたに過ぎないのに
わざわざその人は小走りになった上に会釈をした。
日頃から律儀な人なんだろう。

普段ならこちらも気に留めない、よくある光景だ。

だけど今の私には
なんだか眩しかったのかもしれない。その人の正しさが。
こんなふうに清く自分は生きられているだろうか。
悲しみや寂しさに身体を浸し続けた私は、大切なものをどこかに置いてきてしまったのではないだろうか。

また、見知らぬ人の「スマン、ありがとう」のジェスチャーひとつでも、なんだか人から大切にされているような気がしたのかもしれない。

一体なんなのだ、こんな些細なことでそんなふうに思ってしまうなんて。
全くどうかしている。大袈裟だ。だいじょうぶか?自分。

しかし、それくらい今の私は、私自身を大切に出来ていないのだと思った。

本当に私は弱い。
大切にしてやれなくて、スマン。自分。
もうちょっと大事にできるようにするわ。


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