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体験レポ兼備忘録 七日目

目が覚めた。隣のベッドのばーちゃんがまたうわ言のように「先生、助けて」みたいなことを言ったのが聞こえた。ナースコール押してから言ってるのか気になった。そしたら昨日来たの大阪のおばちゃんが「何か言うてるわ」と言う。この人は昨日からそうなんだ。そんなこと言っても何もしてあげる訳じゃないの知ってる。何もしてあげないんなら最初から何も言わずにいたらいいんじゃないの?
……という個人的感想を抱き今日が始まる。六時も過ぎていたので半袖のシャツだけ着替えた。
明日退院だと思うとやっぱり気分が軽い。まだ、咳は出るけれども。


いつもの時間に夫とおちびが来てくれた。明日の午前中までしかここに居ないので、退院の時に必要ないものは持って帰ってもらい、着て帰るものを持ってきてもらった。
お見舞いに来てはもらっても面会は三十分しかないので、話す内容も限られてくる。おちびはスマホを触りがちだったな。三十分なんて本当にあっという間で。しかも大部屋に来たから周りに気も遣わなくてはいけないし。明日帰れる私じゃなかったら挫けていただろう。
面会が終わり二人が廊下を曲がっていくまで見送る。バイバイタッチを何回もするおちび。ぎゅうう、と抱きついてきて離れない。私も抱きしめた。おちびの背中に手を回し、形の良い頭も柔らかく抱えて抱きしめた。
ごめんね。お母さんがいないの寂しかったよね、不安だったよね。
夫は先にスタスタと歩いて行ってたのでパッとそちらへ駆けて行った。ふと自分のシャツを見ると胸元あたり、おちびが顔をうずめていたところが濡れていた。
このまま濡れた跡がついたままならいいのにな、無理なことを思ってみる。

夕食も済み、歯磨きとフロスをして後は自由。
明日の夜には私はここに居ない。愛しの自宅に戻れるのだ。
退院は出来ても咳は残る。咳風邪とかでもあるあるなことだと思うけど。大きく咳をする度に向かいのおばちゃんが「えらい咳しはるな」と言う。この部屋に彼女が来てから毎日、咳の度にボソッと言われる。肺炎で入院したんだ、咳は仕方ないじゃんか。

そういえば、今日はおちびと夫が午前中に病院から見える道を通るよと聞いたのでずっと今か今かと窓際に立ってソワソワしていたら、そのおばちゃんに声をかけられた。
「ちょっと、このテレビの台、点滴と場所変えてくれへんかな」
ん?と思いつつ見たら、どうも確かに点滴の線とテレビの台は逆にした方が動線的によさそうだった。テレビ台なら個室の時に自分で動かしたりしてたし、一応やってみる。
「これ?こっちにやるの?」
確認しながらテレビ台に手を掛けたら動かない。ああそうか、ストッパーがかかってるんだ。しかし結構詰めてベッド、ポータブルトイレなど置かれているのでストッパーを足で外す隙間がなさそうだったから手で外し台を動かし点滴と場所を入れ替える。台のストッパーもまた手で掛けておいた。
作業が終わったらまた窓際に張り付いて夫とおちびを見つけたら遠くから同士、手を振った。
二人の姿が見えなくなってベッドに戻り、ふと考えると私はスタッフと思われて台を動かすように頼まれたのか、それとも咳する同室の患者と分かって頼まれたのか?そんな疑問は押し寄せても解決するでもなし、仕方ないので諦めるしかない。

もう明日退院なのだがベッドのシーツ替える日なので、と替えてもらったり、あとは机も拭きにきてくれた。ベッドは「綺麗に使ってはるね」と言われ、めっちゃ単純な私はテヘッと嬉しくなる。ところでそれはシーツがクチャクチャじゃないね、なのかそれともゴミがないね、なのかよく分からんが髪の毛はどうしても抜け落ちるけれど見た目が嫌だし逐一拾い集め捨ててたから綺麗は綺麗かも。
この人は誰だろう?と思いながら会話をしてたら、「娘さん可愛いね」と言われた。「そうなの、可愛いよ。とっても」デレる私。
看護師さん、まだ話してくれる。
「そんなに何回も肺炎になって大変やねえ、えーと、なんて言ったっけ?その肺炎のワクチン」言いながらメモをポケットから取り出す。
そこでやっと、あっ!と理解する。あなた、ウサギと猫の看護師さんね!私、軽く相貌失認があるので見ただけでは誰か分からない。私が摂取した肺炎球菌ワクチンの名前を教えた。

消灯の時間がやってきた。
今日が終わる。
大きく咳をしてしまった時は瞬間に耳を塞いで「えらい咳してはるな」が聞こえないように頑張った。
おばさんが煎餅をバリバリ食べる音はいつ鳴るか分からないので防ぎようが、ないのだが。独り言も相変わらずだ。私はこの文を書いてるから起きてるけど、他の人は寝ているよ?

さあ、小さいことは考えずに私も寝よう。
明日へ。退院へ。
おやすみなさい。

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