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時代に合わない教育は必要なのか

時代の流れが早すぎる。
今の時代は、10年も経てば別の世界になっている。

それは学校教育にも言えて、小学生でも今や、1人1台タブレットを持っている。
私の頃なんて、パソコンルームが学校に1つあって、そこに行ける日は特別な日、という感じだったのに。

今や1年生でも、小学校に入って半年も経てば、iPadを使いこなしている。
すごい時代だと思う。

ICT教育や、外国語教育に加えて、人権教育、国際理解教育などなど・・・様々なものが、時代の変化に合わせて、学校現場に押し寄せてくる。
やることはどんどん増えていく。

では時代に合わなくなったものは、無くしているのか?といったら...
無くしたくても無くせていない、というのが、大半の学校の現状ではないだろうか。

例えば、そろばんの学習。
3年生と4年生で習うことになっていて、教科書にも載っている。
ほんの2時間くらいの時間を使って、そろばんの使い方を学ぶ。
この学習、今の時代にいるのかな?

他にも、国語辞典や漢字辞典。
3、4年生で、辞典の引き方や言葉の調べ方を習う。
これは電子辞書にしちゃダメなのかな?

もちろん、紙の辞書の良さもあると思う。
でも、分厚い辞典を高いお金を出して1人1冊買ってもらって(家にある人はそれを持ってきてもらう)、授業で使うけど、家に持って帰って、それを使うかな??
本棚に置きっぱなしという家が大半じゃないだろうか。

そろばんや国語辞典はあくまで一例にすぎない。
現場の教員として働いている方々にはそれぞれ、「これ今の時代にいる??」と感じるものがきっとあると思う。

学習内容について、なかなか無くすことができないのは、文科省が出している学習指導要領の存在が大きいと思う。
学習指導要領には、どんな学習をどの学年でやるかまで、細かく書いてあり、各学校はそれに基づいて授業しなければいけない。

指導要領は、大体10年で新しいものに変わる。
つまり10年間は、現行の指導要領に従わなければいけない。

私が感じるのは、学習指導要領の改訂が10年ごとというのが、もはや遅すぎるということ。
昔の時代のスピードならそれでよかったのだろうけど、今はそれでは遅いと思う。

そして、そもそも学習指導要領が有効なのかということ。
日本の義務教育の就学率が低かった時代や、特定の知識が重宝されたり、学力の保証が難しかったりした時代なら、学習指導要領によって半ば強制的に学習内容を決め、到達目標を決めることには意味があったし有効だっただろう。

でも今はiPadであらゆる情報が瞬時に誰でも手に入れられるし、非認知能力などの数値化できない能力の重要性も言われるようになっている。
そして、親のニーズも子供のニーズも多様化していて、一概に「こんな知識を身につけたらいい」なんて標準化できなくなっている。

もはや、学習指導要領という仕組み自体が機能しなくなっているのではないか。

だからこそ、もっと一つ一つの学校に裁量権を与えるべきじゃないか。
その地域の特徴や、保護者、子供たちの実態、その学校に勤める教員たちの考えなどが生かされ、自分たちで決めていけるようなシステムができるといい。
外国の学校には、そんな学校も多くあるらしい。

多分、教育に携わる色んな立場の人が、今の教育は変わらなきゃダメだと思っている。
だれが悪いとか、だれが間違ってるとか、そういう話ではないと思う。

ただ、どの立場にいる人が変えようとしても、なかなか変えにくい、この日本の教育システム。
これはなんとかならんかな!!

変えよう!!と行動しないと、永遠にこのまま行く気がする。
でも子供はあっという間に大人になる。
変えなきゃいけないなら、今行動しなきゃ。
みなさんはどう思いますか?

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