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インクルーシブだのバリアフリーだの飛び越えたところで

少し前にようやく、全部大人の歯になった娘。

5歳からお世話になっている歯科医院で懐かし話に花が咲いた。
「はじめて来た頃とは車椅子のサイズ感がまるで違うなぁ…来ましたよーって声かけられてふと振り返ったらびっくりする。」
としみじみ話す先生。
そうなんです先生。もう中3になるんですよ、この子。

この歯医者さん、歯科医院によくある感じの狭いスペースにそれぞれ固定式の治療椅子と治療椅子までしか動かすことのできないくらいの長さの固定式の治療器具というごく普通の治療スペースがいくつかあって、そこには娘は入ることができない。
ひとつ、スペースが広く確保されていて車椅子ごと入れるスペースがあり、娘はいつもそこで口の中をみてもらっている。

そもそも、この歯医者さんは娘のような子を積極的に受け入れてくれている医院でもなく、この広い治療スペースも娘のような子のために確保されていたわけではなく、治療椅子に乗り降りのしにくい腰の曲がったおじいちゃんおばあちゃんなどを想定して作られた部屋らしく、ごくごく普通のまちの歯医者さん。

娘がこの歯医者さんにお世話になるようになったのは、過去ここ働いていたことのある歯科衛生士の友人の紹介だった。
色々あって歯医者難民となった娘に、とてもいい先生やからみてもらえるか聞いてあげる!という友人の一言で話はとんとん拍子で進み、先生は
「よくわからないけどなんとかするからとりあえずおいで」
と言ってよくわからないままに受け入れたなんだか大変そうな医療的ケアの必要な重症心身障害児のことを、はじめましてのその瞬間から、ひとつずつ知ろうとしてくれて、寄り添い続けてくれた。

入り口には段差もあって入ってすぐ曲がり角になっていて扉は開いたまま固定できないタイプで車椅子を入れるのも一苦労。
そうこうしていると受付のお姉さんが出てきてくれたり、そのへんを歩いている人が寄ってきてくれたり待合に居合わせた人が助けてくれたりする。
みんな靴を脱いでスリッパに履き替えて入る病院に車椅子ごと入らせてもらっている。
普通の治療椅子に座ることのできない娘はいつも自分の車椅子に乗ったまま抜歯、歯石取り、検診など全てしてもらっていて、先生や歯科衛生士のお姉さん達は普段治療椅子にお行儀よくおさまって口を開けていられる患者さんを見るときにはおよそ取らないであろう姿勢で、中腰になったり首を真横になるまで傾げたりしながら器用にめいの口を覗き込んでくれる。

「そうそう、開けといてなお口。ごめんな〜。」

きっと大変だろうに、やりづらいだろうに、ごめんな、はこっちの台詞です。


嫌なものは嫌、嫌な時は断固口は閉じますから、な娘は不思議と治療中も口を閉じて拒否することもないし、先生のことも衛生師さん達のことも大好きなようで、始まる前も終わった後もにこにこしている。


「よくわからない」けどとりあえず受け入れて「なんとかして」くれる。

よくわからないから教えて、と寄り添い、知ろうとしてくれる。
どうしたらいいか一緒に考えてくれる。
手を差し伸べてくれる。

帰り際の雑談の中で
「僕はよく知らんのやけど、こういう子達の色々、面倒くさいことなしにしてもっと簡単になればいいのになぁ」
ぽつりと先生が言って、よく喋る先生の話が少し途切れたタイミングで、衛生士さんが笑いながら「お会計できてるよ」って声をかけてくれた。
じゃ、また数ヶ月後に、と挨拶をしてまた少し通りにくい病院の入り口のドアを衛生士さんがあけてくれて、待ち合いにいた男性が靴をどけに立ち上がってくれて、車椅子を後ろ向きにガタガタと段差をおろすと娘は笑っていて。


「にこにこやん〜!またねぇ!」


きっとどんな人が歯の治療にやってきても、またなんとかしてしまうんだろう、この人達は。

インクルーシブだのバリアフリーだの、そんなものを飛び越えたところで。

いただいたサポートは娘の今に、未来に、同じように病気や障害を抱えて生きる子達の為に、大切に使わせていただきます。 そして娘の専属運転手の私の眠気覚ましのコンビニコーヒーを、稀にカフェラテにさせてください…