見出し画像

伝統と挑戦が交差する。奥大和食卓会議レポート

4年ぶりのうるう日である2024年2月29日から1泊2日。
立春とは名ばかりの寒い日が続く中、全国で様々な領域で食や農に携わる方々とともに食卓会議 in 奈良奥大和を開催しました。
初日のフィールドツアーでは、めぐるめくプロジェクトと最初の連携地域でもある曽爾村に伺いました。
曽爾村は奈良県の東北端、三重県との県境に位置します。「日本で最も美しい村」を宣言したこの曽爾村では、大自然の壮大な美しさと古き良き時代の情緒を存分に味わうことができます。
 
1日目は曽爾村役場の髙松さんにご案内いただき、2つの農園と曽爾村の食を起点に人がつながりあえる交流拠点を訪れるフィールドツアーを行いました。

食卓会議とは…めぐるめくプロジェクトが行う、地域へのフィールドツアーや交流会を通じて、地域間の学び合いを生み出すプログラムです。地域内だけではなく、地域外からの多様なプレイヤーの関わりが、地域内に新たな食と農のチャレンジを生み出す循環につながることを目指しています。


農を堪能、曽爾村の食農拠点をめぐるフィールドツアー1日目

大和八木駅を出発し、車で1時間ほど移動し曽爾村へ向かいました。
 曽爾村の皆さんと合流し、フィールドツアーが始まります。

<ご案内してくださった曽爾村役場の高松さん>

まず一行が訪れたのは、燦々ファーム平畠。こちらの農園では、無農薬・無化学肥料でベビーリーフの栽培をしています。私たちが農園を訪れた際は、収穫したベビーリーフのパッキング作業が行われていました。

<収穫したベビーリーフをパッキングする様子>

今回は、代表を務める平畠裕文さんにお話を伺いました。

「燦々ファーム平畠では、多いときで8〜9種類のベビーリーフを生産しています。成長スピードの異なる作物を同時に育てることは簡単ではありません。しかし、一般的に流通しているものよりも多く、最低でも5種類のベビーリーフを混ぜて商品にしています。」
 
その後、平畠さんの案内で一行は畑へ。

「燦々ファーム平畠のベビーリーフは、一般的なものよりも大きく、味が濃いのが特徴です。ベビーリーフは生育途中で収穫するため、普通の作物よりも根っこが浅く、土をあまり深く耕しません。これは雑草対策の一環です。特に夏場は雑草の処理が大変です。また、動物性の堆肥もあまり使わず、なるべく自然の力やサイクルで育てることを意識して栽培しています」
 
続いて一行が訪れたのは、小松菜、ほうれん草、春菊、水菜といった葉物野菜を有機農法で栽培している種の実。代表を務める山下竜一郎さんにお話を伺いました。

「7〜8年前に大阪から曽爾村へ移住した元料理人です。自身がアトピー体質であったため、農薬を使わずに野菜作りをしたいという思いがありました。当時、曽爾村では無農薬で野菜作りをしている事例は少なく、周囲からは無理だと言われましたが、現在就農5年目を迎えています。今年は、曽爾村の恵みを生かした新たな野菜づくりや堆肥舎の建設を通して地域との連携を強化することなど新たなチャレンジにワクワクしています。」
 
「もしよければ食べてみてください」と小松菜をカットしてくれた山下さん。
採れたての新鮮な小松菜を食べた参加者たちは、密度の高い、ぎゅっと詰まった味に驚いていました。

山下さんが有機野菜を作るきっかけになったのは、料理人時代に出会った有機栽培のごぼうのおいしさに感動したこと。料理人時代から変わらない「おいしいものをつくりたい」という思いに基づいて、野菜本来の味を感じる感動を楽しみながら野菜作りをしていることを教えてくれました。
 
そして、この日一行が最後に訪れたのは、曽爾村の食を起点に人がつながりあえる交流拠点「そにのわの台所katte」。めぐるめくプロジェクトとのはじまりをともに発信した連携拠点でもあります。

こちらは、蕗の佃煮や桑の実ジュースの製造が行われた農産物加工所をリノベーションして生まれた場所です。2020年にリニューアルオープンし、製造許可付きのシェアキッチンやワークショップなどが行えるシェアルーム、そして曽爾村で生まれた加工品が並ぶショップを併設しています。

ここで、曽爾村役場の皆さんが先ほど伺った燦々ファーム平畠のベビーリーフをご用意してくれました。

曽爾村役場の皆さんが「野菜の味がしっかりあるので、ドレッシングなどを使わなくても十分美味しいです」と自信をもって薦めるベビーリーフ、参加者も改めてその味を堪能していました。

加工技術と歴史に触れる、フィールドツアー2日目

翌朝、一行は1870年設立の吉野本葛の老舗、井上天極堂を訪問。井上天極堂、葛ソムリエの川本さんが葛(くず)にまつわる説明や工場内の案内をしてくれました。

<原料になる葛(くず)の根>

「葛は日本に自生し、全ての部分を有効活用できる貴重な食材です。井上天極堂では、奈良県の水を使い、吉野本葛を昔ながらの製法で作っています。工場内では、江戸時代の製法に近い沈殿法による吉野晒という伝統的な製法を採用しています。」

<大きな槽に粗葛と奈良県の水を入れ攪拌する様子>
<葛が沈殿し水を抜く様子>
<カットした葛を乾燥する様子>

乾燥室は、湿度が高くふわっと葛の香りに満ちています。

<「昔ながらの製法を守りながら、葛という食材とともに育ってきた日本の伝統文化を守りたい。」と話す川本さん。>

工場見学を終え、葛餅づくり体験を行いました。

<作った葛餅>

葛を通して、日本の伝統文化を守りたいという思いに触れる時間となりました。

続いて一行が訪れたのは、ポニーの里ファーム。統括マネージャーの保科さんにお話を伺い、2つの農園を案内していただきました。

まず、案内してくださったのは高取町にあるポニーの里ファームの拠点。こちらでは、大和当帰やキハダ、山椒、黒もちなどの苗木の生産を行っています。
 
「ポニーの里ファームは、福祉事業が母体となっており、利用者の就労支援の一環として、農業を始めました。現在は、複数の場所で農業をしており、全体で4町ほどの敷地で米や給食用の青ネギなどを生産しています。その他、苗木の生産や薬草づくりもしています。高取町は、薬草栽培が昔から盛んな地域です」

その後、一行は保科さんの案内でポニーの里ファームの別の農園に移動しました。
 
こちらの農園では、自然薯や大和当帰を育てています。
 「自然薯は地域の方々と飛鳥自然薯生産協議会という団体を作り、地域ぐるみで飛鳥ブランドを作り、地域の特産品として販売したいと試行錯誤しています」

「2012年の薬事法改正により、全てが薬扱いだった大和当帰の葉の部分が食用として販売できるようになりました。そうした背景があり、奈良県では大和当帰の地上部の需要が高まっています。しかし、葉っぱを収穫してしまうと薬の原料になる根っこの部分の生育が悪くなってしまいます。また、登録農薬も少なく、無農薬に近い栽培が行われています。大和当帰の栽培には時間と手間がかかります」
 
「食べてみてください」という保科さんの言葉を受け、その場で試食する一行。
参加者たちは初めて食べる大和当帰の葉の豊かな香りに驚き、その場でたくさんの大和当帰を活かすアイデアが生まれていました。

地域の外から可能性のヒントを投げかける、チャレンジャーピッチ前編

フィールドツアーを終え、お昼を食べた一行は「奥大和移住定住交流センター engawa」へ移動しました。ここから地域内外の参加者によるプレゼンテーションと交流の場「食卓会議」が始まります。

鈴木建也さん/LIFE UP(北海道)

トップバッターはフリーランスとして出張料理人やメニュー開発をしている鈴木さん。IT業界から料理人を志し、島根県の離島にある「島食の寺子屋」で五感を使って料理を学んだ後、東京に戻り料理人としてキャリアをスタートさせた彼が、現在の活動について語ります。
 
「東京での料理人時代は季節ごとに異なる国の創作料理と日本酒を合わせたコース料理を提供していました。季節を重ねるにつれ、できることが増え、やりがいを感じていました。こうした経験から、未利用の食材や新しい食べ方を提案することができます。色々な場所を巡り出会った食材を使って、地域の食材を伝えていけるような料理人を目指して活動しています」

井上豪希さん/TETOTETO Inc.(東京都)

続いて登壇したのは食のクリエイティブディレクターとして、TETOTETO Inc.のCEOを務めている井上さん。
 
「私たちは、つくる人・使う人・それを広めるクリエイター、関わるすべての人の"わくわく"を大切に、レシピ作成や加工品の開発まで幅広く、作り手のブランディングを手掛けています。また、「レベニューシェア」という考え方を取り入れたものづくりにより、共感ベースで構成されたチームが一丸となって収益を生み出す仕組みを構築しています。農と食でワクワクする未来を作りたいと思っています」

岡本雅世さん/tane(静岡県)

デザイナーとカメラマンとして地域に根ざして仕事をしているユニット「tane」の岡本さんからは、「Salveggie」という活動について語られました。
 
「Salveggiのきっかけは、地元のほうれん草農家さんとの出会い。その農家さんが廃棄するというほうれん草の山を見て驚きました。それまで、こんなにも食材が捨てられてしまなんて知らなかったので、知らないことを見せるということは面白いのではないかという発想から活動が始まりました。はじまりは、バスケットに詰め放題の野菜の販売。その後、農家さんの写真を展示したり、料理教室を開いたり、試行錯誤しながら転がるようにたくさんチャレンジしています」

合野弘一さん/福岡フードテックラボ(福岡)

続いて元県職員の合野さん。地元の企業の海外展開やイベント誘致を支援してきた経験をもとに、引退後、2021年に福岡の食文化を世界に発信する活動を行う福岡フードテックラボを設立しました。
 
「福岡の好立地に位置する拠点は、コワーキングスペースやレンタルスペースとしての利用することができ、食の分野における知見やノウハウが集まるコミュニティハブとして機能しています。今後は生産者同士のコミュニティづくりにも挑戦したいと思っています」

大城俊和さん/W(兵庫県)

2019年に創業し、神戸・王子公園で日常の中に「well-being」を実装する事業や製品/サービス開発を支援するプロジェクトインキュベーターを主宰する大城さん。
 
「一言でいうと、やりたいことをサポートする会社です。スタートアップ支援、ライフ/キャリアデザイン、まちづくり、住まい・暮らしづくりなど様々な領域で活動をしています。神戸は約150万人の人口を抱える一方で、農業や水産物も盛んであり、酒造りも有名です。当社が提供するハコやコミュニティを活用して、神戸で新たなチャレンジをしたい方はぜひ、お声がけください。全力でサポートいたします」

井上能孝さん/FARMAN(山梨県)

地域外の最後の発表を務めるのは18歳で就農し20歳で独立した有機農家、井上さん。
 
「豊かな自然に囲まれた山梨県北杜市で、現在は16ha、グループ生産者を含めると30haの敷地ですべて有機JAS認証を取得して出荷をしています。その他、農業を起点として、地域づくりに関する事業を展開しています。奈良県のいくつかの農家をみて、農家がまちづくりや都市計画に入り込んでいけることを目の当たりにし、実践しています」

地域の中で起きていることを共有する、チャレンジャーピッチ後編

辻田親一さん/パンドラファームグループ

地域内のトップバッターは、奈良県五條市で梅・柿・みかんの生産から加工販売まで行っている、パンドラファームグループの辻田さん。
 
「現場では、農福連携事業やスマート農業を取り入れ、女性や高齢者の作業負担の軽減に取り組んでいます。近年、気候変動により梅の生産量は減少傾向にあります。また、柿も収穫時期に熟し過ぎて商品にならないものが増えています。こうした課題に取り組むため、商品開発に挑戦しています。グループの資源を生かしたアイデアを模索しています。今回の参加者の皆さまにもご意見をいただきたいです」

油田珠子さん/農悠舎

油田さんは五條市を拠点に地域の農産物や加工品の製造販売を行っています。
 
「私たちは地域資源を活用したレストランやカフェ、グランピングといった事業を展開し、サステナブルな地域社会作りに積極的に取り組んでいます。通販事業では、40代のお客様の利用が多く、若い世代に手にとっていただける商品づくりが課題となっています。旬の野菜を使用した農家レストランや天地のテラスカフェでは、地域の野菜や果物を活かした料理を提供しています。今後は、さらなる地域との連携を図り、地元の魅力を広く発信していきたいです」

松田弘子さん/FOOD TELLER

食を意味する「FOOD」と語り手を意味する「TELLER」という言葉を合わせた造語「FOOD TELLER」を社名に掲げる松田さん。
 
「私たちの社名には、野菜や果物の作り手、料理人、農産加工品の魅力を伝える語り手になりたいという思いが込められています。奈良県に拠点がありますが、県内外を問わず活動しています。飲食店や加工場の立ち上げ、道の駅のプロデュースなど、さまざまなプロジェクトに携わらせていただきました。また、地域の農産物を活用した特産品の開発や販売、人材育成のセミナー講師としての活動も行っています。全国各地を巡って知った珍しい食材や地域に根付いた文化の素晴らしさに感動しました。生産者さんの思いに共感し、一緒に頑張りたいと思っています」

高松和弘さん/曽爾村

「曽爾村の名所である曽爾高原は、年間約50万人の観光客が訪れます。さらに、漆塗りの発祥の地としての歴史や、伝統文化である獅子舞が村に息づいています。しかし、人口は約1300人の村で人口減少が課題となっています。曽爾村の農林公社は、食や農業を中心に地域の活性化を目指しています。農業者が持続可能な農業を続けられるよう、販路の開拓や農地の保全、地域コミュニティの構築に取り組んでいます。」

山下竜一郎さん/曽爾村

「曽爾村農林公社の支援もあり、燦々ファーム平畠の平畠さんと一緒に「曽爾風土〜SONI FOOD〜」という農業者団体を立ち上げました。団体では、流通や技術に対する情報交換を通じて学び合い、意見交換をしています。これから団体の会員を増やしていき、商流やノウハウをシェアしながらみんなで盛りあげていくことで、中山間地の農業や景観を守っていきたいと思っています」

瀬川健さん/ビオマルシェ

続くのは、奈良県の飛鳥村で農業をしているビオマルシェ瀬川さん。元々はアパレル雑貨の営業をしていましたが、その後ものづくりに携わりたいと農業をはじめました。
 
「営業マン時代、流通の在り方に憤慨していたこともあり、なるべく小さいサイクルで循環することを意識して農業をしています。また、明日香ビオマルシェの主催者として、地域の農産物や加工品を販売するマルシェの運営をしています。2013年から始めたこのマルシェは、昨年10周年を迎えおかげさまで地域に根付いたマルシェになりました。生産者をどうにか増やし、地域の人々にデイリーに使ってもらえるマルシェを目指しています」

米田義則さん/奥大和ビール

元音楽家の米田さんは、出身の宇陀市にUターンをして、ビール事業を立ち上げました。ビール製造をはじめる前にメディカルハーブを学んでいたこともあり、ボタニカルを使ったハーバルビールの製造を行っています。
 
「宇陀市で日本初の泊まれるブルワリーとして、醸造施設やタップルーム、宿泊施設を完備した複合施設の運営をしています。現在は、長期滞在して地域を楽しんでもらう取り組みを準備しています。これからもビール事業を中心に、輪を広げて行きたいと思っています」

安西沙耶さん/ロート製薬

「薬に頼らない製薬会社」を目指し、複数の事業を展開しているロート製薬から、安西さんが発表を務めます。
 
「2013年に立ち上げたアグリファーム事業部は、全国各地で一次産業に取り組んでいます。私たちの考える健康とは、単なる体の状態だけでなく、それによって生まれた営みや自己実現をかなえられる状態を意味し、人も社会も健康にという切り口で地域連携事業を始めました。奈良県宇陀市にある「はじまり屋」は、有機野菜を生産し、季節の旬の野菜だけでなく、加工品の製造販売をしています。時代とともに、人が考える健康は多様化して細分化しています。そうした背景から、私たちが答えられることはもっとたくさんあるんじゃないかと思っています」

原大輔さん/類設計室

類設計室原さんからは、建築設計、教育、農業を中心に複数の事業に止まらない活躍話を伺います。
 
「農園事業部である「類農園」では、奈良と三重で農業に取り組み、大阪で直売所を運営しています。類農園は、食の安全安心、担い手問題、過疎化などの社会課題が顕在化した1999年にスタートしました。2014年には直売所を開設し、お客様にダイレクトに商品を提供しています。これからも農という枠を超え、食分野を広げていきたいと思っています」

地域内外のプレイヤー交流会

チャレンジピッチを終え、地域内外のプレイヤー同士で名刺交換やアイデア交換が行われました。

いわゆる日本の中山間地域である奥大和。大規模な生産が困難である一方、冷涼な気候に育まれてきた、ストーリーのあるタベモノヅクリがあります。地域にはクリエイティブが不足していると言われがちではありますが、今回の食卓会議を機に、高感度のレシピ開発や老舗メーカーとの共創が動き出しそうです。
薬草や清酒など、数多くの発祥の地である奈良。また新たなチャレンジが起こり始める地域となることに期待しています!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?