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「つくる人」たちと共に歩む町。東三河食卓会議レポート

まだまだ日差しの強い8月末。めぐるめく事務局は、東京や静岡で活動する方々と共に1泊2日で愛知県・豊橋市を訪れました。今回めぐった東三河(ひがしみかわ)は、新幹線の通る豊橋市を含めた愛知県東部のこと。渥美半島の先端までを含む8市町村から成り立っています。
 
今回のツアーを案内してくれたのは、中部ガス不動産株式会社のみなさん。中部ガス不動産が運営する施設や地域の生産者の方々をめぐり、最後には訪問メンバーと東三河で活動する方々との交流会、「東三河食卓会議」を行いました。

食卓会議とは…地域へのフィールドツアーや交流会を通じて、地域間の学び合いを生み出すプログラムです。地域内だけではなく、地域外からの多様なプレイヤーの関わりが、地域内に新たな食と農のチャレンジを生み出す循環につながることを目指しています。

今回は、東三河で出会った人や場所をご紹介しながら、お互いのチャレンジを共有し合った「食卓会議」の様子をレポートします。


東三河の玄関口にある2つの建物 

最初に一行で向かったのが、豊橋駅のすぐ目の前にあるホテル「HOTEL ARC RICHE TOYOHASHI」です。レストランやバー、パーティーに利用できるバンケットルームも併設した16階建てのホテルは、駅前の再開発の際、“東三河の玄関口”として中部ガス不動産が企画・建設を行いました。
 
フランス語で「架け橋」を意味するARC、「豊かさ」を意味するRICHEをつなぎ合わせ「豊橋」を表現した名前のとおり、地域に根付いた内装や食事などにこだわっているのが特徴です。レストラン「KEI」では「MIKAWA ism Contemporary Cuisine」をテーマに、地元の食材を贅沢に活かした料理を提供しています。
 
チェックインを済ませた人は、ホテルから歩いて5分ほどのところにある「emCAMPUS(エムキャンパス)」という建物に集合しました。同じく中部ガス不動産株式会社が建設・運営しており、東三河で暮らす人・訪れる人、両方が楽しめる複合施設です。

1階は子どもが走り回れる広場やレンタルスペースのほか、地域の食材が満載のレストランや販売店。2・3階には豊橋市が運営する「まちなか図書館」が入っており、2021年11月の開館以来、100万人以上が来館しています。サテライトオフィスやコワーキングスペースなども完備しており、6階から上はレジデンスエリアです。

なかでも特徴的なのが、屋上農園。東三河を中心に活動する農家29軒と連携し、ビルの屋上という珍しい環境で、およそ50種類の野菜や果物が育てられています。プランターで育てられる130以上の野菜や果物は、1階のレストランでの食事やお酒に活用されているそうです。今回の見学に合わせ、emCAMPUSのスタッフとともに屋上農園を運営する「農民藝術創造倶楽部」のメンバー3名が現地に集まってくれました。
 
「農家にとっても新しい挑戦ができる場。地上とは違う環境でどのように野菜が育っていくのか、実際に使ってもらうシェフやスタッフの方々と共有できるのは嬉しい」
 
食材を提供する農家と、野菜を活用するemCAMPUS。両方の視点で案内してもらいながら、一向は青空を背景にひろがる不思議な農園の景色を楽しみました。


<その後の夕食にも、屋上農園で栽培されたハーブや、地域の生産者さんの野菜がたっぷり。>

3つの農園をめぐるフィールドツアー

翌朝、一行はバスに乗り込みフィールドツアーへと向かいました。地域外からの参加者のなかには普段から農作物が身近にある方々もいましたが、他の地域の農家さんから現地でお話を伺う機会はなかなかありません。社会科見学のような、わくわくした雰囲気で出発です。

最初に訪れたのは「百年柿園ベル・ファーム」。代表の鈴木義弘さんに案内されたのは、どこまでも続いている柿畑でした。民家の庭に生えている数本の柿の木ではなく広々と並ぶ光景に、参加者からは「おお〜」と声が上がります。
 
糖度の高い品種である「次郎柿」の、日本一の生産地である豊橋市。この地域で作られている90%以上が次郎柿です。大正初期から柿の栽培を続けるベル・ファームでは、時期によっては別の品種も栽培・収穫しています。後継者不足により放置されてしまう柿園を借り上げて管理することで柿畑を守っているそうです。

<整列させて管理することで、農薬散布や剪定などの管理や収穫がしやすいとのこと。いずれは収穫後の運搬にロボットの導入も検討していると話してくれました。>

続いて「農園そもそも」に到着です。豊橋市東高田町のなかで、6ヶ所ほどに分けて野菜を栽培しています。メインの作物はさつまいもで、紅はるか、金時、安穏芋、シルクスイートなど、全部で15種類の多品目を栽培しています。
 
「この辺りは戦争中、軍の演習場だったので、戦後に開拓された土地です。およそ80年前、私の祖父の代から農業が盛んになりました。農園そもそもでは、私が跡を継いだ10年前から有機栽培に切り替えています」

<代表の鈴木直樹さんは、東三河の生産者集団「豊橋百儂人」の代表でもあります。>

9月に入ってこれから収穫を迎えていくタイミングだそうです。
参加者から収穫の難しさやポイントについての質問については、「収穫した状態だと違いがわかりにくい品種は、混ざらないように別の場所で栽培する」「なるべく同じ機械の設定で収穫できるように、同じ規格のものを揃える」などの工夫を教えてくれました。
 
自分たちで朝市を主催して地域の人への販売や、他の農家さんと連携しながら販路開拓もおこなう鈴木さん。今後は、現在販売している干し芋だけでなく、いもチップスやいもけんぴなど加工品にも力を入れていきたいと話しました。

最後に訪れたのは、河合果樹園です。出迎えてくれた代表の河合浩樹さんは、オーガニックの柑橘類を栽培し、全国環境保全型農業推進コンクールの「農林水産大臣賞受賞」を始め、数々の賞を受賞してきました。
 
「私たちの一番の技術は無農薬栽培。これが簡単なようで難しいんです」
 
ビニールハウスの中で柑橘を見せながら話してくれた河合さんの口調から、農業にかける熱意が伝わります。見せてもらったのは、今後の主力商品となる「ベルガモット」です。アロマオイルなどに使われる柑橘で、果汁は苦くてとても飲めないと言います。しかし、河合さんは試作を重ねた結果、カクテルやコーヒー、お酒などに1滴垂らすとコクが出る「1%のマジック」を発見しました。

また、みかんとレモンを掛け合わせた品種「レモネーディア」も、市場で認められるまでに年数を要したと話します。収穫の時期によって味わいや色付きが変わっていくことを個性と捉え、使用方法をかなり試行錯誤してもらったそうです。
 
「みんな最初は『どうやって使うの?』という状態でしたが、東三河のシェフの方々は、農家の意見を取り入れながら、どんどん新しい料理を生み出してくれています。これまでは食べられてこなかった花や葉っぱなども活用していけたらと考えています」

<夕食に出たうどんの汁には、ベルガモットが1滴と、レモネーディア果汁が。コクのある爽やかな味わいでした。>

地域外から訪れたメンバーのプレゼンテーション

フィールドツアーを終え、emCAMPUSに戻った一行。ここから地域内外の参加者によるプレゼンテーションと交流の場「食卓会議」が始まります。先立って、中部ガス不動産株式会社代表の赤間真吾さんから挨拶がありました。
 
「15年前から地元の農家さんとの連携・食の循環に取り組んできた私たちは、2年前にemCAMPUSを作り、東三河を“食と農”でアピールする「東三河フードバレー」構想を打ち出しました。地元の人への周知や連携と同時に、地域外の同じ価値観を持つ人たちとのつながりが非常に重要です。みなさんと一緒に、より大きく良い形で地域づくりをしていきたいと思います」
 
お昼ごはんのホットドッグを食べながら、まずは今回の訪問メンバーのプレゼンからスタートです。

<糀屋三左衛門の甘酒「orise」を練り込んだパン、パンの残渣で育てた豚を使ったソーセージ、ベル・ファームの柿ジャムをドレッシングにしたサラダ。>

本間希さん・柬理美宏さん/貝印株式会社(東京)

貝印は、ポケットナイフの製造から始まり、1万アイテムを製造・販売している会社です。包丁など調理道具を扱っていることから、食の事業にも力を入れています。料理家の方々を対象にしたメンバーズクラブ、レストラン運営やミールキットの販売のほか、農家と連携して規格外の野菜を「OYAOYA」という乾燥野菜として販売もしています。家庭での食品ロス削減を目指した「やさしい切りかた辞典」も活動のひとつです。これまでは貝印単体でシェフのコミュニティづくりや食育などに取り組んできましたが、さまざまな地域の方々と一緒に新しい取り組みができるのではと楽しみにしています。

<会場では、貝印が伊勢丹新宿店で運営するレストラン「kitchen stage」のシェフ・柬理さんによる料理の提供も。東三河の鴨肉をひき肉と「OYAOYA」の乾燥野菜を合わせたキーマカレーと、地域の食材であるレモネーディアと紅はるかの蜜煮が振る舞われました。>

小椋瑞希さん・二ノ宮由香子さん/株式会社乃村工藝社(東京)

私たちは空間創造における調査・企画から、コンサルティング・デザインを含めた施工や建造、運営管理までをおこなう会社です。明治の創業から131年、万博や百貨店、ホテルやオフィス、ショールームなども手がけています。最近では、食や農の取り組みや依頼も増えてきており、場づくりだけでなく、地域でどう価値を根付かせるのかを考える運営にも取り組んできました。ここ数年は特にソーシャルグッドに力を入れており、本社で「ソーシャルグッドウィーク」というイベントを開催。普段はBtoBの仕事が多い我々ですが、イベント時には農家さんとのコラボレーションや外部の方々との連携を積極的におこなっています。

岡本雅世さん・眞野敦さん/Salveggie(静岡)

私たちの活動は、“ほうれん草の葉っぱの山”から始まりました。普段はデザイナーとカメラマンとして企業の広告案件を受けている私たちですが、2021年3月にたまたま取材で訪れた農家さん(三島食卓会議でお邪魔した、のうみんずの前島さん)のところで、山積みになっているほうれん草の葉っぱを目にしました。
 
聞いてみると「出荷のときに外側の葉っぱは捨てちゃう」とのこと。そこから、私たちのデザインや撮影のスキルと“はじかれ野菜”を交換して、山盛り1杯500円で販売する「サルベジー市場」を始めました。これを皮切りに、地域の食材を使った「きまぐれキッチン」、撮りためた農家さんの写真を展示する「畑の写真展」、畑ツアーなどもおこなっています。最近では、台風で販売できなくなったとうもろこしを活用したスイートコーンラガーなど、加工品作りにも挑戦。廃棄する野菜をなくそうとするより、出てきたもので遊んで、農業の楽しさを伝えたいと思っています。

松田大希さん/fabula株式会社(東京)

社名の「fabula(ファーブラ)」は、ラテン語で「セオリー」という意味です。「ゴミから感動をつくる」を掲げた私たちは、通常は捨てられてしまうものに“ストーリー”をつけ、良いものとして世の中に送り出したいという想いで起業しました。白菜やみかんの皮、コーヒーカスなど、90種類以上の食品廃棄物を活用し、食品100%で素材化します。将来的には、非常食のような活用方法や、地域で出たゴミを地域で生かす「ゴミの地産地消モデル」を目指しています。食材以外のゴミの活用も広め、木や石、プラスチックに並ぶ素材になっていきたいと思います。

中西ももさん/東京大学大学院農学生命科学研究科 One Earth Guardians育成機構アドミニストレーター(東京)

One Earth Guardiansは、地球のことを考え研究し、行動に移せる「地球のお医者さん」を育てる人材育成プログラムとして、6年前から本格的に始動しました。自然の恵みを人の生活に役立てることを考えてきた農学ですが、一方で自然から搾取をして、問題の立役者になってしまった可能性もあります。
 
より自然と調和できる在り方を考えたいという思いから、このプログラムは始まりました。具体的には、実学研修やワークショップ、シンポジウムなどを通して、学内外の人々を巻き込みながら学生を育てる。その過程で巻き込まれた側にも変化をもたらし、社会を変えていこうとしています。最後にSがついているのは、ただひとりの専門家がいるのではなく、そういう人「たち」が集団として動いていくことをイメージしているから。農学は暮らしを支える学問です。社会にきちんと生かしていきたいと思っています。

東三河で活動する方々のプレゼンテーション

兵藤太郎さん/中部ガス不動産株式会社 まちづくり事業本部

ガス事業を起点に、周辺設備や住宅販売、輸入車販売など幅広い事業を行なってきたのが、私たち中部ガス不動産です。みなさんにも宿泊いただいた「HOTEL ARC RICHE TOYOHASHI」を15年前に開業。地元の生産者さんと食材の相談をさせてもらったり、イベントを作り上げたり、豊かな食と地域を目指してきました。一方で、そのこだわりや魅力を発信できていないという課題もあります。その発信拠点として、2年前にemCAMPUSをオープン。これまでは単発でおこなってきた生産者さんとの取り組みやイベントを、今後より文化として根付かせるため、生産者のみなさんと一緒に「東三河フードバレー構想」を実現させていきたいと思います。

村井裕一郎さん/糀屋三左衛門

もともと京都の出身で、私の祖父の代で豊橋にやってきました。新幹線が開通し、さまざまな発酵食品の産地に出やすかったのだと聞いています。米にカビを生やした粉を「種麹」という商品にして販売。北海道から沖縄まで、全国の味噌、醤油、清酒メーカー、およそ3000社以上が私たちの麹を使っています。
 
伝統産業を現代的な価値観にアップデートしていくため、甘酒「orise」をリブランディングしたり、「HOTEL ARC RICHE TOYOHASHI」と共同で「KOJI THE KITCHEN ACADEMY」というイベントを行なったりもしています。発酵はいろいろなジャンルと絡める可能性があります。いずれ子どもたちに「東三河はおもしろいから住み続けたい」「発酵の仕事はおもしろいから継ぎたい」と思ってもらえるように活動していきます。

河合浩樹さん/河合果樹園

「農学は舌耕にあらざるなり」という言葉を、最初にお伝えしたいです。畑は口では耕せない、という意味です。こういった場で喋ることもとても大事ですが、現場はいつも農園です。現場で感性をみがき、少しでも環境にいい生産をしなきゃいけない。そんな想いで今、無農薬で柑橘を作っています。できれば農家になる人が増えてほしい、というのが私の強い想いです。中部ガス不動産さんとは、ホテルのオープン当初からのお付き合い。生産者を大事にする企画や、Win-Winの関係を作るにはどうすればいいかを一緒に考えてきています。柑橘で少しでも地域が元気になればという想いで、これからもがんばっていきます。

<差し入れとして持ってきてくださったレモネーディア。皮ごと食べられる爽やかな甘みに、参加者もリフレッシュ。>

鈴木義弘さん/百年柿園ベル・ファーム

柿園はフィールドツアーで来ていただいたので、今回は「東三河フードバレー構想」に向けた地域の現状と考えたことをお話しします。今日みなさんに来ていただいた畑の近くには、実は東名高速道路が走っていて、令和9年にスマートインターチェンジができることになっています。住民のなかにはさまざまな声が挙がっていますが、個人的には彼らの意見を尊重しながらも次世代に残していくアクションが必要だと感じています。そういった開発に、「東三河フードバレー構想」を旗印にできたら。課題は多いけれど、できることはたくさんあります。地域資源を活用しながら、食と農と文化をつなぐ開発をしてもらえるよう一市民として働きかけていきたいと思います。

鈴木直樹さん/豊橋百儂人農園そもそも

私からは東三河で活動する生産者集団「豊橋百儂人」についてお話しします。今年で15年目になる生産者の集まりで、私は6月から代表を務めています。現在は、野菜や果物に止まらないさまざまな生産者が14人集まっており、“黒子儂人”として2人が運営に関わっています。個人でブランディングを目指して、消費者とのコミュニケーションを大切にしている農家さんたちです。個人にフォーカスする集団なので、“人偏”のついた「儂」の字を使っています。よく「ライバルじゃないの?」と聞かれるんですが、お互いを認めている同じ地域の生産者同士だからこそ応援したい。知り合いやイベントを紹介し合うことも少なくないんです。今後は「何か農業にアクセスしたい」と思ったときに、豊橋百儂人が窓口のような存在になっていけたらいいなと考えています。

プレゼンテーションの後は、地域や立場を超えての交流会です。お互いのプレゼンテーションを聴きながら考えたことを話したり、自分の地域との違いについて考えたり。食卓会議の場を通して、みんなで「食」や「農」について考える時間となりました。
 
東三河が掲げる「フードクリエイターの聖地」こと「東三河フードバレー構想」。今後、どのように地域の生産者さんや地域外の方々を巻き込んでいくのか、今から楽しみです。


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