1/31 ばーちゃん

「ばーちゃん?」
 線香の煙越しに誰かが立っていた。僕はそれを直感的にばーちゃんだと思った。風が強く吹いて、線香から立ち上る煙が傾き、その姿がはっきりと見えた。
「...太郎かい?」
 ばーちゃんは、初めは怪訝そうな目つきをしていたが、僕の姿を認めるとパッと花が咲いたように笑った。
「太郎、一年ぶりかな?」
「ばーちゃん、今日会ったでしょ。そんで死んだでしょ」
 死んだ途端ボケたというのだろうか。

 ばーちゃんは今日病院で死んだ。99歳、あと3日生きれば100歳だった。100歳になると市から表彰状が貰えるので、生前のばーちゃんはそれを楽しみにしていた。僕は「そんなくだらないものに頼って生きてられるのかよ」と密かに思っていた。
 明日仕事がある僕はばーちゃんの葬式には出られない。ならばせめてもとお墓に線香を上げに来たのだ。

 少しだけ会話をした。「死んだ時どう思った?」「『息ができない!』って叫びたかったよ」とか「生きてて楽しかった?」「分かんない、来世の宿題かな」とか、とりとめのないことだ。
 もうそろそろ行かなくてはいけない。
 語尾を濁して話を切り上げようとすると、ばーちゃんは神妙な顔つきをして、
「太郎、最後ばあちゃんのこと嫌いだっただろう」
「えっ?」
 不意をつかれて身体が固まった。
 ばーちゃんは僕の反応に満足したようにゆっくりとうなずいた。
「なんだかね、昔は”ばあちゃん”って呼んでくれたのに最後は”ばーちゃん”になっちゃったようなね」
 ばーちゃんから目を逸らすように下を向いた。線香の煙が顔に当たり鼻の奥が痺れた。そして顔を上げると、もうばーちゃんの姿はそこになかった。

(おしまい)

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