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1/30 ツバ

 駅のホーム。15秒に1回くらいのサイクルで、ホームの柱に向かってツバを吐いている男がいた。

「お兄ちゃん、あの人めっちゃツバ吐いてる」
「そうだね、茜」
 お兄ちゃんは何でもないように視線を真っすぐ反対側のホームに向けていた。
「なんであんなにツバ吐くんだろう」
「ほっぺの内側に腫瘍があって、そこからタピオカがヌルヌル湧き出してくるんだ、茜」
「じゃあ、病気で仕方なく吐き出してるってこと?」
「そうだよ。それに世の中では、何かを産み出す人ってのはそれだけで尊敬されるべきなんだよ。それが社会ってやつなんだ、茜」
「ふーん」

 電車がホームに入ってきた。中に入る直前チラリと男の顔を盗み見た。男もこちらの方を見ていて、目と目が合ったので慌てて視線を逸らした。
 電車が揺れる。景色が後ろに動いていく。ツバを吐き出す音はすっかり聞こえなくなった。
「病気治ったのかな?」
 横に座っているお兄ちゃんに耳打ちした。お兄ちゃんは窓の外に冷ややかな視線を向けながら、
「いや、タピオカが出てこなくなっただけだよ。あの腫瘍はそう簡単に治るもんじゃないからね」
 とつぶやいた。

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