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#3 おばあちゃんだけど、時々転生代行救世主やってます

「異世界…転生…で、あー…勇者、です?」
 閻魔様の言葉を理解できなくて、私はゆっくりと咀嚼するように単語を繰り返した。 
「はい、そうです」
「はぁ…。あの、申し訳ないのだけれど、おばあちゃんでも分かるように、もう一度説明してもらってもいいかしら?」
「ええ、もちろん」
 閻魔様がニッコリと笑顔で頷いた。
 しかしこの閻魔様、私が昔から想像していた閻魔様と随分雰囲気が違うわねぇ?
「ちなみに、ユメミさんは「異世界転生」とはどういう事か分かりますか?」
 異世界転生。
 理論は分からないけれど、孫達が読んでいた漫画に、よくそんなタイトルが付いていたと思う。
「私達が普段暮らしているこの世界とは別の世界に生まれ変わる事で良かったかしら?」
 クロ君がちょっと意外そうな顔をして、お茶請けのお煎餅を出してくれた。
 孫達の会話に入りたくて、それ系の漫画やアニメを少し見ていたのだけど、思わぬ所で役に立つものね。
「ええ、その通りです。正確に言えば、死亡した後にここへ来る予定だった魂が、多次元の神や呪術などを用いて、あちらの次元の世界に飛ばされてしまう事です」
 閻魔様の顔が微かに曇る。
「このまま放置し続けてしまうと、次第にこの世界の魂が奪われ続け、最終的にはこの世界で生まれ変わるべき魂が居なくなってしまう可能性もあります」
「そ・こ・で!私達の出番ってワケ」
 シロちゃんが飲んでいた苺ミルクのパックをドンとカウンターに置き、手の甲で口元を男らしくグイと拭く。
「今大事な話をしてるんだから、お前は口を挟むな」
 得意げに胸を張っていたシロちゃんの首根っこを掴み、クロ君がグイグイとカウンター裏の扉の奥へと引っ張りこんでいく。そしてパタンと扉が閉まるのを見届けると、閻魔様は1つ息を吐き出し、再び口を開いた。
「それでてすね、ユメミさんにお願いしたいのは、他次元にこれ以上魂が連れていかれる前に、その世界の問題事を解決してもらいたいのです」
「問題事、ですか…」
 他の世界から呼び寄せるくらいなんだから、龍みたいな大きな化け物退治とか隣国との政治問題とか、とにかくただのおばあちゃんで務まるようなものとは思えない。
 私に出来ることなんて、せいぜい美味しい漬物を作ったり「まあまあ」と宥めるくらいしか…
「そう言われても、私はもう歳だし足腰も弱くなってて30分も歩けば息が上がっちゃうのよ?」
「大丈夫。今のユメミさんは元気がありあまる若い体を持ってますし」
 閻魔様の視線が私からカウンター奥の扉へと向く。そこには引っ込んだはずのシロちゃんとクロ君がこっそりと覗いていた。しかし、私達の視線が向けられてる事に気付くと、慌てて扉を閉めてしまった。
「もし暴力的な問題事でしたら、あの子達が役に立ちますので」
 役に立つ、という事は一緒に別の世界に行ってくれるって事かしら?
 そういえばシロちゃんも組織って言ってたし、私1人がどうこうしなくちゃいけないって訳ではなさそう。
「あと、問題事解決と同じくらい大事な役割なのですが…」
 閻魔様がスっと右手の人差し指を差し出すと、私の額へと押し付けた。
 ほんのりとした温かさを感じた直後、目が回りそうな程の「何か」が指を通じて私の中に入ってきた。どう表せば良いのか分からないけれど、敢えていうなら…この世とあの世と更に別世界への知識?

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 不意に指が離れ、私の意識が戻ってきた。そして、先程まで触れられていた額の違和感に自分の手を当ててみると、何やら硬い触感が。
 カウンターに置きっ放しだった湯呑みに自分の顔を映してみると、額に赤っぽい宝石のような物が付いているのが見えた。
「これで私と知識の共有が出来るようになりました」
「閻魔様と、ですか」
「この世界のありとあらゆる知識を与えたんです。下界で言う所のチートってやつですね」
 チート…確か本来では有り得ない程の強い力で、いわゆるズル能力、だったかしら?
「ははぁ、それはありがたい、と言ってもいいんですかねぇ?」
「本来、人間にな不必要な知識量ではありますが、無いよりはマシでしょう?」
うぅん?
「それで、この知識量でやるべき私のお役目とはなんですかね?」
 力仕事はどうやらしろちゃん達がやってくれるみたいだし、私は某ご隠居様のように裏で画策して最後に「やっておしまいなさい」とでも言っていたらいいのかしら?
「問題事の解決策を考える事と、既に異世界に行ってしまった魂を見つけ出し、こちらの世界の輪廻の道に戻してあげて欲しいのです」
 そう言って、閻魔様はトンと私の額の宝石?を指だ突いた。
「どの世界のどこに転生したかは、この中に全部入っています。もうかなりの数になってますが、どうか頑張って下さいね」

ーかなりの数ー

 閻魔様を前にして罰当たりとは思いつつ、面倒事を押し付けられた、と思ってしまった。もしかしたら思っただけでなく、しっかり顔にも出てしまったかもしれない。
 ただ、それでもどこか少しワクワクしている私も確かに居た。だって死ぬ事に何の未練も無かったと思っていた私が、間際にちょっぴり願ってしまった欲が叶うのかもしれないのだから。

#4へつづく

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