書籍紹介『揃わない前提の授業とクラス』
『揃わない前提の授業とクラス(ネットワーク編集委員会)』という本の紹介です。
職場の先輩からお借りした本です。以前紹介した『科学から理解する 自閉スペクトラム症の感覚世界(井手 正和)』も先輩からお借りした本です。いつもありがとうございます。
さて、この『揃わない前提の授業とクラス』ですがタイトルにある「揃わない前提」という言葉にもあるように、現在の学校というのは「揃えることが前提」のシステムになっています。
日本の学校は、学級の子どもたちに対して講義型の一斉指導するというシステムを採用してきました。教科書やプリントなど同じ教材を使って、黒板に書かれた内容を同じようにノートやプリントに写して、漢字を同じように繰り返し書く/九九を同じように唱えるといった同じ覚え方で、同じテストを解いて…学級の子どもたちを揃える、あるいは同じ「平等」な学びを提供する授業をしてきたと言い換えてもいいでしょう。ただし、子どもの得意不得意や認知の方法、テストの結果は同じではありませんが…
もちろんそのスタイルには効率性などのメリットもあります。ただ近年、その従来の学校のシステムに不具合が出ているというのは、様々なところで指摘されています。
これはこの本の帯に書かれている内容ですが、「多様性」、教室の中の子どもたちは同じではなくそれぞれ違うのだということが社会全体で意識されるようになったことが大きなポイントではないのかなと思います。もちろんそれ以前にも、学級の中には多様な子たちがいたはずですが。
ただ、その多様性を大切にする価値観を踏まえた上での子育てや教育のあり方に関する議論はまだまだなのが現状かもしれません。
では、具体的にどうしていけばいいのでしょうか?
「話し方」や「聞き方」など学校文化の不自然さが子どもを苦しめているのではないか
杓子定規的な「⚫︎⚫︎します」「⚫︎まるしてはいけません」といった対応ではなく、ちょっと面白がってその子をみるまなざしやマインドが必要で、それを踏まえたうえでの切り返しの技術みたいなものが子どもとの関わりに必要なのではないか(「それはダメ!」と全部否定すると対峙的になり、いい関係性を生まないのではないか)。
子どもたちが自分で選ぶ、考えるのは有効だけれども、自由を与えればなんでもできるようになるわけではない。「何のために」やるのか、何を目指しているのか、何のために人と一緒に学ぶのかといったことが大事ではないか(「宇宙で新種の昆虫を発見しました。それはどんな昆虫?」のような基本は押さえつつ自由度のある課題がいいのでは?)。
近年発表されている個別最適な学びの実践では、自由度の高さだけでなく、相手に受け止められる、お互いが認め合いやすい構造になっている。
インクルーシブというのは、障がいをもっている子だけでなく、どの子もみんなちょっとずつ違っている。その違いをお互いに認め合えることが大事な基盤になるのではないか。そのうえで、お互いの違いを、否定ではなく、つながりながらみんなで考えていける方向にいければ。
これは巻頭座談会から、僕自身が大事だなぁと思ったら内容です。
本の中では「揃わない前提」で考えられる工夫のタネがオムニバス形式でたくさん紹介されています。以下、僕なりに分類したその一部を紹介します。
自由度の高い課題を設定する
過去にマルチ知能の記事で紹介したように、全員同じ課題ではなく、それぞれの子が自分の得意や好きなことを生かして、選択するような自由度の高い課題です。
自分で選択するのは本人の納得に、好きなことや興味関心のあることを学ぶのは学習の意欲に繋がるはずです。
「宇宙で新種の昆虫を発見しました。それはどんな昆虫?」
「宇宙で野菜を栽培するためにはどういう施設が必要なんだろう?」
『海の命』で、「太一の生まれ育った海を想定して、その地域の魚雷図鑑を作る」「瀬の主であるクエの20分の1スケールの模型を紙粘土で作る」「作者や画家の生涯について、YouTube動画風の2分間解説動画を作る」「Canvaをつかって物語のアニメーションを作る」
『柿山伏』の内容を絵巻物で表現する
色の三原色(シアン・イエロー・マゼンダ)+無彩色の原色(ホワイト・ブラック)の5色で【私のグレイ】をつくる
などの例が本の中で紹介されていました。
正解のない課題もそれらの1つかもしれません。大人になってから直面してきた課題は、完璧唯一無二の正解がないものがたくさんあるかもしれませんし。
以前読んだ、体系的に学ぶのではなく、質問から授業の学びをスタートするという『たった一つを変えるだけ(ダン・ロスステイン/ルース・サンタナ)』という本を思い出しました。
学ぶ際に辿っていく道には絶対にこれという正解があるわけではないですし、寄り道や回り道したことが新たな発見や創造につながることは珍しくありません。
また特別支援教育でよく行われている生活単元学習もそうです。例えばホットケーキづくりを題材にして、近隣のスーパーにホットケーキミックスや牛乳を買いに行く、作り方の説明文を読み取る、牛乳200mLを計量するなど、日常生活の中を題材に各教科の学びを合わせた取り組みを進めるものです。
カリキュラムマネジメントや教科横断などの言葉に代表されるように、学んでいく物事は教科で割り切れるものではなく、いろいろな技能や知識が結びついたものです。
本の中でも、お化け屋敷づくりを通して、学んだ立方体の展開図を活用したり、学び合いや話し合いをしたりという実践例が紹介されていました。
昔、総合的な学習の時間の実践例として、聞いた立命館大学附属小学校の話もそうです。マインクラフトで作った(図工)京都の観光名所(社会)の説明文を考えて(国語)英語に翻訳して(英語)、実際に町中で観光客に説明し、意見を聞いて改良していくというものでした。
学びの必要性を実感したり、生活の中で学んだことを活用したり、本人が疑問に思うことや興味のあることから学びを広げたり、本人が選択したりと、本人の選択や納得、実感が学びの原動力になるのかなと思います。
子どもと「対話」をもとにした関係づくり
認知の特徴を知り、お互いの考えを示し合い、目指すべき方向性を意識しながら対話のやり取りを進めていく。
(画像はコグラボより)
そんな子どもたちとの今回づくりも紹介されていました。別の記事で紹介した「この学校は平等ではなく特別扱いをする学校です」という校長先生の言葉を思い出します。
以前紹介した提案・交渉型のアプローチや、視覚的な提示も併せると有効かもしれません。例えば、「コミック会話」で言動と気持ちを可視化する、「数直線」で自己と他者の間の考えの隔たりを可視化する、「ベン図」で相手との共通の受け止めがある部分を可視化するなどです。
子どもたちが話し合いのテーマをプレゼンし、決めて進めていく全校ミーティングを通して全ての子どもが主体的に参加していく実践例の紹介もありました。
対話ややりとりを通して、子どもたちが尊重され、認められたと感じることが大事なのだと思います。
子どもたちに共通する「最大公約数的な取り組み」を進める
PBS(ポジティブ行動支援)の三層支援モデルや、多層指導モデルMIM、UD(ユニバーサルデザイン)などのように、教室の中に多種多様な子どもたちがいる前提で、まずすべての子どもたちに共通するもの、関わり方や伝え方、環境整備などから取り組んでいくという考え方です。
(画像は教育新聞より)
「自分と誰かのしあわせをつくること」という最上位の目標を定めることで、子どもたちが話し合い、考えていくのであえて細かいルールは設定しないという実践例もありました。
外国にルーツのある子どもたちの「困り感」を周囲が気づくために「いま、どんなきもち」カードを掲示したりホワイトボードを使ったやりとりで話を聞いたり、「おうちの味を紹介しよう」で文化共生を学んだり、や保護者の労働・渡航史を学び親子のつながりを紡いでいくような取り組みが紹介されていました。
教室の中に多様な子がたくさんいるという前提に立つなら…みんながわかる、安心できる関係性や雰囲気、ルールづくり、環境設定が必要になるでしょう。
授業や教室のあり方を考える
最近「個別最適な学び」や「自由進度学習」が、これからの学びのキーワードとして語られます。
本の中では、ギフテッド支援としての文脈で個別最適な学びが語られていました。
ギフテッド支援の例として「退屈」に対する発展的・探究的な課題(いわゆる応用、発展的な課題や、理由や自分の考えを説明する課題など)の設定や、情動性に対する教員以外に級友に質問に行ける柔軟な学習規律の設定が紹介されていました。
多様性を引き出す教室環境として、教室にソファや畳、ベンチを置き、机は常時アイランド型にする。廊下に長机とイスを置き、廊下でも学習できるようにする。自由進度学習の時間など自身で学習を進める時間については、子どもたちがそれらの場所を自由に移動して学習に取り組む。ハロウィンやクリスマスなど衣装を置いておいて仮装して授業を受けられるようにするなどの取り組みが紹介されていました。
自由進度学習の例としては、生徒との対話の中で「私語」「内職」「スマホの使用」「居眠り」「教室外への移動」など多くの授業では禁止されているであろうことを許可している実践例(もちろん、子どもたちが「自分の"学び"を自分でつかむ、自ら行動を選べる、主体的な学習者になる」という目標があるし、そこに至るまでの教員の葛藤や"マインド"の変化もあったが)や、自由進度学習で冒頭のインストラクションを手放していく(教える教えられる側の固着を止める)という例も紹介されていた。
主体的・対話的で深い学びや個別最適な学び、自由進度学習といったキーワードに示される、子どもたちが主体的に学ぶというゴールを目指すなら、これまでの全員一律という価値観を変えていかないといけないのでしょう。
一方で、子どもたちの「安心」のために、「揃わない時代に揃える」という内容もありました。
①到達の姿を揃える(その学級のめざすビジョンにらみんなで合意する)、②公平を揃える(個人の自由を最大限尊重することで他者の行動にも寛容になり、安心できるので集団で周りに合わせられる)、③共感を揃える(競争ではなく、相手へ意識を向けることで、得意な子も苦手な子も相手への尊重が生まれ共感が広がる)、④失敗を揃える(間違いや失敗を学びの始まりとし、子どもたちがチャレンジする不安をなくす)という内容は、人的環境のユニバーサルデザインを連想させます。
最近は座席を固定しない自由な配置のオフィスも増えていると聞きます。
働いている上で問題が生じたとき、あるいは生涯学習として仕事に関わることや自分の興味のあることについて学んでいくときのことを考えると、一斉授業の中で一律に学ぶのではない形の学び方も増えていくのだと思います。
まとめ
これからの学校での学びがどうなっていくのかまだわかりません。既存の学級や授業システムの枠組みを残していくのかもしれませんし、自由進度学習や、イエナプランに代表されるオルタナティブ教育など学び方のシステム自体が変わっていくのかもしれません。
ただいずれにしても全員を全く同じ方向に揃えるのではなく、それぞれが異なることを前提に、揃えないという形に進んでいくのだろうなと思います。
この本を貸してくれた先輩と「いずれの形でも、子どもたちそれぞれの特性や実態を知った上で、それぞれに合わせたオーダーメイドの学びを提供していく特別支援教育は全てのベースになるし、そんな支援教育に関われて幸せだね」なんて話をしました。
学校での教育は、多くの人が経験してきたことなので、それぞれの思う「当たり前」が根強くあります。でも、その当たり前、例えば「起立、礼、着席」から始まるあいさつや一斉指導、学年ごとに決まった教科書を使って体系的に学んでいくなどは当たり前ではなくなるかもしれません。これまでの当たり前は唯一無二の正解とは限りません。
そんな学校の授業とクラスの多様な在り方を知るためにも、教育観をアップデートしていくためにも役立つ実践例がたくさん掲載されている本です。気になった方はぜひ手にとってみてください。
表紙の画像はAmazon.co.jpより引用した本の表紙です。