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現在を生きる(小説)


その日はお好み焼きを友人である田村くんと食べに行く約束をしていた。

ちょうど私は結婚式を挙げた直後でバタバタして、長いつきあいである田村くんも自分の店を出すかもしれないという大事な時期でなかなか約束が取り付けられない中で、ようやく都合が合う日ができたのだった。

遠くからでもすぐに見つけられるくらい背の高い彼が、体の大きさに合っていない小さい椅子に座ってケータイを見ながら待っているのを見た時、なんだか懐かしさが込み上げてきて思わずじんわり涙が出てきてしまいそうだった。
あぁ、自分はだいぶ弱ってるなこりゃと思った。
そんなこと今まで気がつきもしなかった。

結婚式が終わってから、なんだか自分の心はポッカリと穴が空いたようだった。
元々結婚式を挙げたいのかと言われたら、正直??という気持ちだったし、親戚の中でも初孫だしするべきだなという感じで、式を挙げることを決めたし、
実際にプランナーさんと話している時も下手くそな営業としか言いようのない話をたくさん聞いてうんざりもしていた。
人の為にお金を使おうと思わないと、とても使えないような金額なのもびっくりした。
スケジュールもカツカツで自分の心と体を整頓する前にあれよあれよと当日を迎え、最後まで涙を流して駄々をこねる私に母は途方に暮れて泣きながら「私に幸せそうな顔をしてちょうだい」と訴えた。

実際そういう生々しい事実が色々あるから、人の結婚式に行ってもあんなに疲れることがあるのかなと、終わってからなんとなく思ったのだった。

私は長く片思いをしてきた人と結婚したので、誰に聞いても「あなたは本当に幸せだね」と言うだろう。
もちろん、私は彼と結婚できたことで幸せに感じていることは間違いなかった。1番好きな人と結婚できるという偶然が人生で起こっただけで、私はとても運がいいのだし心からそこは神様に感謝している。

ただ、結婚式をすることで何か大きなものが自分で変わってしまった気がする。何かが終わってしまった。
勇逸結婚式を開いて良かったなと思えたのは、普段感情が動くことが少ない夫が母親の涙を見てじんわり涙している姿を見れたこと。この人の為に結婚式を挙げて良かったな、そう思えることが1番幸せだな、そんな感じだった。

彼は私に気づくとおぉ、と手を挙げて店のドアをあけ、
店員がきて席へと案内された。

「ずいぶん久しぶりな気がするわね。」おしぼりで手を拭きながら、私は言った。

「お互い忙しかったからな、俺も最近は疲れてるわ。」
確かに彼の目の下にはなんとなくクマができていて、顔も少しほっそりした気がする。

「新しいお店は無事に開店できそうなの?」私は彼に聞いた。

「いや、それが今店長と色々揉めていてさ、なんだか色々ややこしくなってきたんだよね。あ、飲み物何か頼もう。何にする?俺今日はバイクだから飲めないけど」
彼はそう言ってドリンクメニューを出してくれた。

「いや、私も明日仕事だし大丈夫。水でいいよ」 

お酒を悪にしたいわけではないが、お酒を飲まなくていい関係っていいなと気のおけない相手とご飯を共にするたびにいつも思う。
心の底から信頼できる相手とのご飯は、水でさえも美味しく感じる。そのことを幸せに思う。
そして、彼はメニューを見て、お好み焼きやら焼きそばやら色々注文し、私たちはご飯が来るのを待ちながらたわいもない会話をしていた。

「なんか、久しぶりに会うけどやっぱり落ち着くなぁ〜。すでに元気が出てきた気がするわ。」
彼が恥ずかしげもなく言うので私は内心少し照れながら
「本当?それは良かった」
と微笑みながら返した。

背も高くて、性格も良くて、しかも妙に大人びているので一回り離れているような年上の女性にもモテる彼はいつもそんな風だった。
私とだって付き合っていると誤解されるくらいには一緒にいるし、彼には恋人もいるので一歩間違えば顰蹙をかってもおかしくない関係なのに、こんなに健全な関係を保てる彼を本当に尊敬しているし、幸せになってほしいな、と思う。
結婚したら瞬間から感じる、「あなたは結婚してるよね」という距離感をこの人からは微塵も感じないのだ。
それどころか私の夫とも気がついたら仲良くなって、どんどん関係が大きくなっていく。
それが決して下心でない事がわかるので、私は心の底から彼を信頼していた。

男女の関係は難しい。なぜなら、男と女というだけでもう別の生き物だから。それを私は今まで痛いほど経験してきている。
生物の本能だから仕方がないけど、なんでも恋愛関係(もしくは肉体関係)にもっていくものでしょ、みたいな空気感が私は好きではない。どうして、友達ではいられないのだろう。性欲が湧かないからこの人は友達??
色々よくわからなくなってきている気がする。
何かもっと大切なものを全部すっ飛ばしてしまっている。「もっと目の前の私を見てよ、女としてではなくて1人の人として。」
本当の意味での一生一緒にいる人なんて、パートナーぐらいなんだから。
男でも女でも誰であっても、目の前の相手に集中できる人や本当に相手の話に耳を傾けて聴いている人は少ないのだなと大人になって気がついたのだった。

10分ほどたって店員さんが目の前の温まった鉄板にお好み焼きを持ってきてくれた。
鉄板にのったお好み焼きは、たっぷりとソースとマヨネーズがかかって艶々と光っている上で鰹節が踊っていた。

「うわぁ、これは美味しそうだね」
私はお好み焼きをピザの形に切りながら言った。

「ちょっと君、それは関東の人がする切り方だよ。関西の人はそんな切り方しないよ。」彼は言った。

「えぇ、私両親関東だもん。それに、こっちの方が大きさも平等でいいじゃない。はい、切り分けたよ。」

几帳面そうな店長が丁寧に焼いているのであろうそのお好み焼きは、キャベツがぎっしり詰まっていて、ふわふわでらソースもお手製でとても美味しかった。

「美味いな、これ。」彼が笑顔で言った。
男の人ってご飯が美味しい時みんな子供の時の笑顔に戻るんだなぁという笑顔で心が切なくなりキュンとした。

「新しいお店はじゃあ一旦諦めるの?」私はさっきの話の続きを聞いた。

「いや、実は今の彼女と結婚したいんだけど、それなら稼がないといけないしな早く新しい店を始めた方がいいよなって焦ってるんだよね。」
彼はお好み焼きをつつきながら言った。

「おお、そうなのか。おめでとう。会わない間に色々時間は経ってるんだね〜。」
私は言った。

「まぁな、今以上の人はいないなって思ってる」彼は私をまっすぐ見ながら笑顔で言った。

「そこまではっきり言い切れるんなら、いいね。」
私も幸せな気持ちになって言った。そして、続けて
「でも、お店は焦らない方がいい気がするな。なんだかそういうのって上手くいく時はスムーズに流れるから。焦らずにちょっと待ってみたら?お相手も働くんだしさ。」
なんとなく、そう思って私は彼に伝えた。

彼はうーんと言って
「なんか、君がいうと本当にそういう気がしてきた。まぁ気長に待ってみるかなぁ。」とソースがついた口で言った。

人が幸せでいることを、心の底から自分も幸せだと思えることが、自分の心をこんなに癒して豊かにしてくれるなんて。

私だっていつまで関西に入れるかわからない。
お互い仕事の都合で、家族の都合で、いつまで会えるか分からない。もしかしたら、すっごく近所に住んで家族ぐるみの付き合いになって将来子供同士が結婚することだってあるかもしれない。
彼と今の人生であと何回こうやって過ごせるのかはわからない。分からないからこそ貴重で、大切にしたいと思う。
彼の口にソースが付いていることを笑って指摘しながら、まだ温かいお好み焼きを頬張った。
現在(いま)を生きていく、そんな味がした。

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