4 許せないキス 【短編】
「・・・さっきのお店でイヤリング外したんだけど、一つ無いの」
トートバックの中を掻き回しながらユリカはエレベーターに乗り込み、まだ掻き回していた。
「〝ゆりか〟っ!」
僕達と一緒に乗り込んだ数人の女性の、少し大きめの誰かの声がホールに響いた。
僕の後ろから聞こえたその呼び声に、僕の右側に居たユリカは顔を上げ、僕はユリカから〝ゆりか〟に顔を向け、誰かが締まろうとするドアに手を掛けた。
エレベーターの中にいる10人程の人達はその女性が乗り込むのを待っていた。
見つめられていた。
見つめ返していた。
多分僕達にだけ、もの凄くスローな時間が流れていた。
エレベーターの中は僕の胸の鼓動に対して失礼な程静かだった。
僕は、僕の目の前で僕に背を向けた〝ゆりか〟のナチュラルカールを見つめ続けていた。隣に居るユリカが僕の顔を見ているのは分かっていた。でもこの状況で〝ゆりか〟を見つめている事は不自然では無い筈だ。でも隣に居るユリカが後姿の〝ゆりか〟を動物園やプールサイドで僕が釘付けになった女性と結び付けなければの話だ。
黒いチューブトップから抜け出した両肩は上品な小麦色だった。
僕の鼻先で甘過ぎないスパイスの効いた〝ゆりか〟の香りが動いていた。
ユリカは僕の腕に、いつもより強く巻き付いて来ていた。
(彼女の名前も〝ゆりか〟だなんて・・・)
エレベーターは何度も開閉を繰り返し、残っているのは5人だけになっていた。僕達は階数表示ボタンの在る右側へ何となくズレ動いた。
〝ゆりか〟達は左の隅へ身を寄せ合うように動いていた。
それぞれが心に何かを溜めていた。
〝ゆりか〟達は15Fでエレベーターを降りた。
二人の女性は去り際に僕を見ていた。
僕は去り際の〝ゆりか〟を見ていた。
去り行く〝ゆりか〟は僕を見なかった。
隣のユリカは僕を見ていた。
◇
「イヤリング・・・あった・・・かい?」
2218号室の前で、僕は持っている筈のカードキーを探しながらユリカに聞いた。
「・・・らしくない」
ユリカは少し不機嫌そうな声で僕に不機嫌な顔を見せつけて来た。
「私に預けたんじゃん」
「・・・・・」
ユリカは2枚のカードと一組のイヤリングをミラーチェストの上に置いた後、満を持したように振り返り、後ろに居る僕に早く私に近づいて来いと言わんばかりに、完全な不機嫌を目と頬に浮かべていた。
「・・・ルームサービスは?」
「いらない」
「飲み物も?」
「いらない」
「・・・そっか、先にシャワーか」
「浴びない」
「・・・一緒に浴びようって言っても?」
「やだ」
僕は何故か何となく恐る恐るユリカに近づいた。
「どうした?」
「キスして」
「・・・・・」
「さっきエレベーターでキスしてた」
「?・・・」
「私が隣に居るのに健二は・・・目と目でキスしてた」
この部屋の中も、僕の焦あせる胸の鼓動に対して失礼な程静かだった。
「・・・怒ってる?・・・」
「・・・・・」
「心配ないよ」
「・・・・・」